肥山ストレンジネス
核物理研究室 準主任研究員
福岡県出身。高校3年の冬に原子核物理の授業に興味を持ち、九州大学理学部物理学科に入学。同大学院理学研究科修士課程、博士課程を修了。奈良女子大学理学部准教授を経て、2008年より現職。分野は理論物理学、専門はハイパー核の研究。13年猿橋賞受賞。
猿橋勝子の生き方に学ぶ人生、後進の育て方
幼い頃から読書が好きで、中学生の時はアガサ・クリスティやルパンを読んでいました。一番本を読んだのは高校時代。教科書に載っていた『しろばんば』は今でも鮮明に思い出せます。
研究者の多くは高校時代に「ブルーバックス」シリーズ(講談社)を読んで科学に興味を持ったようですが、当時の私は物理の道に進もうとは考えておらず、歴史小説ばかりを読んでいました。
高校3年生の大学受験直前に物理に興味を持ち、物理学部に入学しました。当時はインターネットがなかったので最新の情報を入手するために雑誌『Newton』を読んでいましたが、学生時代から今にいたるまで、研究目的以外で物理の本を読むことはほとんどありません。
通勤の電車が読書時間なのですが、科学の本を読むと、頭が仕事に戻ってしまう。私にとっての読書は、あくまでリフレッシュのためのものなのだと思います。
理学者・猿橋勝子さんの生涯を書いた①『猿橋勝子という生き方』には感銘を受けました。猿橋さんは戦前戦後の女性が理系の道を選ぶことも困難な時代、海水の放射能汚染や炭酸物質の研究で世界的な業績をあげた地球化学者です。
後進を育てるため女性科学者を顕彰する「猿橋賞」を創設し、私も2013年に受賞しました。涙が出るほどうれしかった賞です。
いまは男女雇用機会均等法もあるし、能力さえあればサラリーだって差はない。けれど猿橋さんの頃は違いました。猿橋さんのような方がいなければ、私たち女性研究者はまだ肩肘を張って生きていかなければならかったかもしれません。
研究成果はもちろんのこと、そういった意味でも猿橋さんの残した功績は大きい。多くの女性に読んでもらいたい本です。
大好きだったのは歴史小説、時に『三国志』
高校時代は、とにかく歴史が好きでした。ドラマのようにイメージできるのが楽しかった。
授業で習った魏呉蜀が入り乱れていた三国時代を掘り下げてみたくなり手に取ったのが吉川英治の②『三国志』。吉川英治は流れるような美しい文章で、ついその世界に引き込まれてしまう。偉大な人たちがどのようにして、国を治めていくのか、とても興味深かったです。
なかでも、孔明の奥さんである黄夫人に興味を持ちました。黄夫人は美人ではないけれど機転が利く人で、食糧輸送の道具やうどんを作る機械を発明する。そういった歴史の物語に引かれていました。
小説は、今でも好きでよく読みます。研究は日々戦い、そして競争です。この戦いには2通りあって、1つは自分自身を高めていく知的探求。もう1つはライバルグループとの戦い。ライバルの中で抜きん出るために、時間、アイデア、テクニックを駆使して戦います。
楽しい反面、24時間やっていると「こればかりが人生ではない……」と思うこともある。そういう時、頭と心をリセットするために小説がいいんです。
項羽と劉邦から読み解く究極のリーダー論
仕事の中で時折思い出すのが、司馬遼太郎の③『項羽と劉邦』です。項羽と劉邦という2人の対照的な傑物は、どちらがリーダーとして優れているのだろうかと考えます。
項羽は織田信長に似ていて、ひとりでなんでもできてしまう。できすぎるが故に、項羽が死ぬ時には、部下は彼の元を離れ、一緒にいるのは愛した虞美人だけになってしまう。
一方、劉邦は項羽ほど賢くはないのですが、人の話を聞く力があります。家臣の意見を取り入れて実行するので彼の周りには、信頼できる人が集まってきて、立派な国をつくっていく。
人の話に耳を傾けられる劉邦の元では、部下が育つのです。これは学者も同じことが言えます。
忙しいと部下や学生とコミュニケーションをとる時間が減ってしまいますが、研究者は人も育てなければいけない。ToDoリストを渡してやらせれば楽ですが、それでは人は育ちません。
折に触れて『項羽と劉邦』を思い出しては、劉邦のように人の話を聞こうと気を引きしめています。私にとっての本は、気分転換であると同時に、自分の居住まいを正してくれるものでもあるのです。