昨今、本に苦手意識を持つ生徒は少なくありません。「でも、それは食わず嫌いなのでは」と、かえつ有明中学校・高等学校の田中理紗先生は言います。実際に本を手にさえすれば、生徒は自ら楽しそうに読み始めるものだ、と。では、生徒が本を手に取るきっかけを作るにはどうすればいいのでしょうか? かえつ有明中学校・高等学校の取り組みから、本と生徒との関係の作り方を考えます。
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■かえつ有明中学校・高等学校
運営母体は嘉悦学園(1903年、東京で女子を対象とした日本初の商業学校を設立)。同校では、深い学び(ディープラーニング)を授業で実践するため、教科ごとに生徒に身につけて欲しい知識と資質・能力のコアを明確にしたカリキュラムを設定、さらに独自の単元として「サイエンス科」を設け、物事を深く学ぶために必要な基礎スキルの習熟を促す。「科学道100冊」を活用した「探究型読書」は「サイエンス科」のカリキュラムとして行われた。
■授業の概要
対象:中学1年生
クラス:全クラス
実施日:2019年10月28日〜12月2日(全12コマ)
■お話をうかがいました
・田中理紗先生…探究学習を校内で推進するサイエンス科・プロジェクト科の主任。
自分の関心と本の内容を融合させて新たな発想を生み出す
この日のサイエンス科の授業では「科学道100冊」を活用した「探究型読書」の最終回「エア新書」のワークが行われていました。「エア新書」とは、新書の企画立案を実践するワークです。これまでの授業で生徒は「三冊棚」というワークを行っています。これは、自分が選んだ1冊の本に他の2冊の本を追加し、3冊のセット(=三冊棚)を作成して、(その3冊を束ねる)タイトルを付けるというワークですが、この授業を通して生徒は、自身の中にある問題意識、あるいは関心を顕在化させ、さらに言語化するという訓練を行いました。そのステップで明確になったアイデアが「エア新書」の企画立案に活用されるわけです。
なお、かえつ有明中学校・高等学校ではこの「エア新書」というワークに独自のアレンジを加えています。サイエンス科では、生徒は自分の関心に向き合い、拡張するさまざまな活動を行ってきたのですが、その成果も「エア新書」の企画立案に生かされるように授業が設計されています。
「探究型読書」が行われたのは図書館内の学習スペース。女子生徒のみ、中学1年生のクラスです。生徒たちは「探究型読書」の最後のワークである「エア新書」のハードルをなかなか越えられず、一様に頭を抱えていました。とはいえ、時には友達と助け合い、時には先生にヒントをもらいながら、一生懸命、創造力を発揮しようとしていました。
授業を担当したのは田中理紗先生です。「前回、『三冊棚』のワークと(自分を知るための)マインドマップ作成を通じて、みなさんなりの『問い』を立てましたね。最終回の今日は、その問いをもとに『エア新書』を作っていきます!」。
田中先生の説明を聞いて、すぐにタイトルを決め、目次作りに入る生徒もいれば、どうすればいいのか分からず手が止まってしまう生徒もいました。
「テーマがデザートなら、どうすればいいの?」と悩むクラスメイトに、「『なぜ、デザートはいつも食後なの?』っていう風に問題を置いてみたら?」と友達がアドバイス。お互いに助け合って難局を乗り越えようとしていました。
生徒たちは「エア新書」の課題に立ち向かうため、これまでの授業で書いてきたワークシートやマインドマップ、自分が選んだ本の目次に何度も目を走らせていました。
生徒たちの苦心の結果はタイトルに表れます。自分の関心が「ファッション」と「社会的な格差」にあると見出したある生徒は『洋服貧困』という見事な新書タイトルを考え出しました。
そして、タイムアップ。グループ内で発表した後、数人がみんなの前でオリジナルの「エア新書」の企画を披露します。
『なぜ女子はトイレに一緒に行きたがるのか』という「エア新書」を企画した生徒の発表には、みんな大笑いしながらも共感し、田中先生も「読んでみたーい」と大きな声で応えていました。
中学の学びはじめに出会った本の使い方
この授業を担当した田中理紗先生にお話をうかがいました。
― 「科学道100冊」を活用した「探究型読書」に取り組んでみて、いかがでしたか。
田中先生:このワークの良いところは、生徒が本を手に取って、「意外と楽しい!」と思える体験ができることですね。最初、生徒たちに「これから本を使った活動をします」と言った時は、「えー」という感じでした。明らかに乗り気ではなかったですね。でも、本を実際に手に取れば、結構楽しくやるんです。そもそも本に触れる機会が圧倒的に少ないのでしょう。本に対して食わず嫌いなところがあるなと思いましたね。
たぶん、生徒のほとんどは本どころか、新書に触れる機会もなかったと思います。でも、出来上がった「エア新書」を見ると、その多くが本物の新書を紹介するような内容になっていました。普段はなかなか手に取ることもない本と出会って、彼女たちなりに「面白い」と思えるような体験ができたんだと思います。
― このワークを通して、生徒さんにどんな変化が見られましたか?
田中先生:生徒たちは本を1ページ目から読む以外の方法を知りませんでした。そもそも、読みたいところから読むという経験がそれまでになかったんだと思います。でも、今回の活動で生徒たちはこれまでにない本の読み方を体験しました。まず、目次を見て、内容をイメージしてから「読む」「読まない」を決めていく。この経験は彼女たちにとってちょっとした驚きだったようですね。今回のプログラムに取り組むことで、「目次を見てから本を選ぶ」「気になるところだけを読む」といった読書の新しい方法を知ったと思います。積極的にこれらの読み方を実践する生徒も出てきました。多くのことを学びはじめる中学校1年生の段階でこのワークを経験できたのは、とても価値があることだったと思います。
本は生徒に新たな発想をもたらす
― 生徒さんたちは「三冊棚」のワークにどのように取り組んでいましたか?
田中先生:盛り上がっていました。このワークはいろいろな棚をどんどん作るところがミソだと思ったので、生徒たちには「とにかく3冊を決めて、一度まとめてみよう」と導きました。そして、それができたら「1冊だけ残して、別の2冊を探し、新たな『三冊棚』を作ってみよう」と指示しました。すると、彼女たちは組み合わせによって本の見え方が大きく変わることを実感したようです。この変化が生徒たちにはとても面白かったみたいですね。
― 最後の「エア新書」のワークはいかがだったでしょうか。生徒さんたちは何を学んでいましたか?
田中先生:本をきっかけに新しい発想を得ることができると学んだと思います。もし、あのような活動をせずに、「とにかく自由に考えて、新書の企画を立ち上げてごらん」と言うだけでは、生徒たちは困ったと思いますし、これほど多様な企画が出てくることはなかったでしょう。この段階に至るまでに、たくさんの本に触れて、「新書ってこんな本なんだ」ということを知ったからこそ、発想が広がって、いろいろなタイプの企画が生徒から出てきたのだと思います。最近は、何かを調べようとすると、生徒たちはすぐにスマートフォンやパソコンで検索しようとします。それは悪いことではないのですが、今回、本を使えば、調べ物だけでなく、新たな発想も生み出すことができることを学んだと思っています。
大きなプロジェクトに向かう
T.YさんとT.Nさんがお話を聞かせてくれました。2人のいるクラスでは、「科学道100冊」と図書館にある本を使って「探究型読書」を進めたそうです。2人はどのように授業に取り組んだのでしょうか。
T.Yさんの場合
― 最初に選んだ本は?
T.Yさん:『奇跡の脳』(「科学道100冊」2019テーマ本)です。タイトルにひかれて選びました。「奇跡」という言葉が入っているぐらいなので、何か大きな出来事があって、それを乗り越えた話なんだろうと予想しました。それならきっと面白いと思ったんです。
目次を見ると、話の流れに3つの山があると思いました。まず出来事の前、次に出来事が起きた時、そして出来事そのもの。この3段階を意識しながら、目次から気になる言葉を抜いていきました。キーワードやホットワードは、わりと早く、それほど苦労せずに抜き出せたので、それで帯の文章を作りました。中身をまったく読んでいないのに、こうしてまとめられるのが不思議です。人に面白いと思われるかどうかは分かりませんが、それなりにまとまっていたと思っています。改めてこの帯を見ると、自分としてはめっちゃ読みたくなりますね。
― どのように「三冊棚」を作っていきましたか?
T.Yさん:先生がスライドで、本屋さんがよく実施している「○○フェア」の写真を見せてくれたので、それを真似ようと思いました。最初に選んだ本には、何かの前と後という流れがあったので、同じような流れがある本を揃えようと思いました。それで、最初に選んだ本から離れて、『遺跡が語る東京の歴史』など、東京が「江戸」と言われていた時代についての本や、「東京」と言われるようになってからの本を集めました。「東京の歴史フェア」みたいな感じになればいいなと。
― 「エア新書」ではどのような企画を立てましたか?
T.Yさん:「探究型読書」の授業を通して、現代には歴史的に続いている「何か」があって、それが今の世界を作っていると実感しました。それで、過去を踏まえた「未来についての本」を企画することにしました。タイトルは『現代人が想像する未来の東京とは?』。「昔」「現在」「未来」の3つの時間で構成しました。(東京の)歴史を踏まえつつ、その過去の経緯を受け継いで東京という街が未来へ発展していくという内容です。実際に自分で書いてみたいですね。これからいろいろ調べたいと思っています。
― 「科学道100冊」を活用した「探究型読書」をやり終えて、どのような感想を持ちましたか?
T.Yさん:大きなプロジェクトに取り組んでいると思いました。中1でやった今回のことを中2で生かし、中2でやることを次は中3で生かしていく。そんな、積み重ねていくようなプロジェクトが始まったのだと感じました。今回の授業を通じて一番面白かったのは、「科学道100冊」で選んだ1冊の本から自分の考えを広げていく「発想の流れ」でした。最後は予想もしないところに辿り着けたんです。
自分は「何に関心があるのか」が分かった
T.Nさんの場合
― 最初に選んだ本は?
T.Nさん:『妻を帽子と間違えた男』(「科学道100冊」クラシックス)です。普段は文学作品しか読まないので、そうではない本を選ぼうと思って。目次を見ると、精神的な病気に関わるような言葉がたくさんあって、病気の一種について書かれた本だと思いました。
― 本の帯を考えるワークはいかがでしたか?
T.Nさん:このワークをする時には『あの世の話』という本を選びました。『妻を帽子と間違えた男』が、現実とそうでないものの区別がつかなくなる、という内容の本だったので、今度は「この世」と「あの世」について書かれた本がいいと思いました。でも、この本の帯を考えようとしたら、「思ったよりも難しい」と感じました。キーワードやホットワードを付箋紙に書き出すところまではなんとかできたのですが、そこからどうやってまとめていけばいいのか、どのように解釈すればいいのか、分からなくなってしまいました。それで本屋さんをイメージして、どんな帯だったらお客さんは興味を持ってくれるかと考えて、「だったら、もう、ストレートに書こう」と決めて、「あの世のことが書いてあるんだよ」という感じで書きました。
― 「三冊棚」を作る時はどのように取り組みましたか?
T.Nさん:3冊の本を選ぶにあたって、改めて『あの世の話』を読むと、筆者が引っ越した家で起こった事件から話が始まっていました。これは「一種の事件」に関わる本だと思って、それなら他の本も何かの事件に関連するものにしようと思いました。それで本を集めて「さまざまな事件が読める3冊」というテーマにしたんです。すると、自分の関心と「三冊棚」がつながって、「エア新書」の企画もすんなりと作ることができました。タイトルは『ニュースの報道する・しないは何で決まるのか~マスコミは正しいのか~』です。このワークをやっていて、自分は現実ではない世界や社会の表面に出てこないものに関心があるんだと思いました。
― 「探究型読書」の授業で一番面白いと思ったことは?
T.Nさん:いろいろな本を見る過程で、それぞれ違うストーリーや内容があることに気づきました。それで、自分には知らないことがたくさんあるんだな、と。また、本というのは、必ずしも勉強のために読むものではなく、「自分が知りたいことを知るために読む」こともできるんだ、と。いろいろなことをもっと知りたいと思うようになりました。
田中理紗先生、T.Yさん、T.Nさん、ありがとうございました!
(おわり)
科学道100冊プロジェクトでは、学校(中学・高校)と連携し、「科学道100冊」を活用した探究型読書プログラムを展開しています。考える力を育てる「探究型読書」の詳細については下記のリンクからご覧ください。
▼「科学道100冊」を活用した、探究型読書プログラムを展開中!