宮道和成(みやみち・かずなり)博士
生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー
2006年東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)取得。同年よりスタンフォード大学生物学部博士研究員、2013年より東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授を経て、2018年4月より現職。マウスにおいて視床下部の神経回路の構造比較から機能に迫る研究を展開中のほか、同様の研究を他の哺乳類種に拡張するツール作成に取り組んでいる。
高校時代に出会った利根川進と立花隆
「夕食後、テレビを見る家庭が多いでしょうが、うちではみんながリビングに集まり、それぞれが黙々と本を読んでいました」と小学生のころを振り返る宮道和成博士。「家にあったものを中心に、さまざまなジャンルの本を手に取るようになり、小学6年のころ、宇宙関係の本や科学雑誌の影響で天文学者になりたいと思うようになりました」。
ところが進学した高校では、天文や宇宙を扱う地学は履修できなかった。「生物の授業が充実していて、その副読本だった『精神と物質』(立花隆・利根川進)に衝撃を受けました。本連載でも木村航博士が「木村航博士「科学者として仕事をするということ」の記事で紹介していますが、現在40歳前後の分子生物学者の2人に1人が、高校時代に出会って人生を変えられた本だと思います」。
どこに魅せられたのか。「1987年にノーベル賞を受賞されて間もない利根川先生が、受賞対象となった免疫系の遺伝子の研究について熱く語っているところです。研究の背景が分かりやすく、論文の実験データの意味まで掘り下げています。研究現場の臨場感が伝わってきて、自分もこういう研究をやってみたいと思ったのです。その本で利根川先生は、これから脳研究へ進むと書かれていました。そこで次に立花さんの『脳を究める』を読みました」。
「脳科学の最先端の研究内容を、実験手法や今後の方向性まで踏み込み、高校生でも分かるレベルにかみ砕いて書かれているところが面白かったですね。中でも、においを識別する嗅覚系の研究から受けた印象が強烈で、東京大学理学部の生物化学科に進み、利根川先生のもとで免疫学研究でも大活躍された坂野仁教授の研究室で嗅覚系の研究を始めました」。
『風の谷のナウシカ』の想像力に魅せられた
脳研究の魅力は?「神経細胞や神経回路の“美しさ”ですね。特に嗅覚系の神経回路の配線はとてもきれいです。嗅覚系の神経細胞が突起を伸ばして、なぜ正しい相手に接続できるのか、その謎を遺伝子工学の手法を使って解く研究を続けました。そのころ私たち学生が集まる部屋には漫画本が並んでいて、その中に高校生のときに読んだ『風の谷のナウシカ』(宮崎駿)を見つけ、何度も読み返しました。これって実は、遺伝子工学を究極的に突き進めた世界の物語だと思うんです。設定が面白い作品は多いのですが、そうした世界の細部をリアルに描き出す宮崎さんの想像力は飛び抜けています。最近も読み直してみて、改めてそう感じました」。
「実験やデータの分析は論理的に進めますが、そもそもどんな実験を始めるのか、5年後にどんな研究が面白くなりそうか、一歩先へ踏み出すときには想像力やセンスが重要で、そこは小説家や漫画家の物語をつくる仕事と似ていると思うのです」。
卓越した科学者は、次に挑むべき研究を見抜く
学位取得後に米国で研究を進め、2018年、理研に研究チームを立ち上げた。「米国では嗅覚系からの情報が伝わる神経回路の研究をしました。現在は、それまでに開発した手法も駆使して、さらに脳深部の神経回路の配線を調べ、さまざまな条件で回路の機能がどう変化するのか探っています。脳深部の配線はぐちゃぐちゃに見え、その配線にどんな意味があるのか分かりません。それを調べるための技術も限られています。そんなとき、どう研究を進めるべきか。卓越した科学者とは、次に進むべき研究の方向性を見いだす能力に優れている人です」。
「利根川先生はまさに天才的です」と続ける。「挑むべきは、今の技術でみんなが解ける問題でも、まったく手も足も出ない問題でも駄目。自分が培ってきた技術や手法を改良すれば解けそうな問題で最も重要なものはどれか、それを見抜く必要があります。利根川先生は、大腸菌と遺伝子の研究室で学位を取得されてから、唐突に免疫学の研究所に移りました。最初は免疫系のことは右も左も分からなかったでしょう。しかしすぐに自分の解くべき問題を見いだし、免疫系の遺伝子について大発見を成し遂げたのです」。
本や漫画から得た想像力を糧に、一歩踏み出す
今、お薦めの本は?「体重が比較的軽いキリンは女性が解剖するのに向いた動物、と語る気鋭の若手研究者が書いた『キリン解剖記』(郡司芽久)。漫画なら画力が卓越している『とんがり帽子のアトリエ』(白浜鴎)。本や漫画を読むことが、直接的ではなくとも、次の研究のイメージが降りてくるのに役立ちます。そうした想像力を糧に利根川先生のように一歩先へ踏み出していきたいと思います」。
(取材・執筆:立山晃/フォトンクリエイト、撮影:奥野竹男)