脳神経科学研究センター親和性社会行動研究チーム
チームリーダー
1970年東京都生まれ。大阪大学医学部卒業後、同大大学院医学部附属病院精神神経科に入局。2002年大阪大学医学系研究科博士課程卒業、博士(医学)。2002年カナダ・マギル大学に留学し、親子関係の研究を始める。2008年から理化学研究所で研究室主宰、研究員と共に2012年に子育てに必要な脳部位を、2013年には赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止むことの意義と関与する神経機構を同定。2018年より現職。3児の母。
1日1冊乱読していた高校時代
「とにかく本が好きでした」と黒田さん。特に高校時代は、薄手の文庫本なら1日1冊、ソルジェニーツィンなど国内外の文学、室生犀星などの詩歌、公害や紛争など社会問題や医学系のノンフィクション、哲学や心理学、社会科学系の岩波文庫など、推理小説以外は乱読した。「そのころは海外を飛び回るジャーナリストに憧れていました」。
W.ジェームズやポアンカレ、デカルトなどが好きで理系を選び、理学部で宇宙物理を学んだ後、医学部に学士入学した。「シルクロードで医者をするつもりだったのに、仮説を立てて実験で検証するという明解な分子遺伝学にはまり、研究に転向しました」。
「人の心」を扱う1冊が転機に
医学の中でも特に未開拓な分野に進みたいと考えていたころ、ハリー・S・サリヴァンの『精神医学的面接』に出会った。「当時は、統合失調症に顕著に効果のある薬剤がなく、治療の中心は人間と人間の対話。医者が対人関係の専門家として関与しつつ、患者の方では医者に助けられたというより自分の力で生の困難を乗り越えた、と感じられるように援助するというプロセスが、人間の心という科学の本当のフロンティアを扱っていると思ったのです」。
生涯にわたって影響する「親子関係」
子どもが好きで、ゆくゆくは育児と研究を両立させたいと考えていた黒田さんは、親子関係に注目するようになる。「精神科の研修医時代、実に多くの患者さんが小さいころの親子関係に悩んでいたことを知りました。そのころに、ジョン・ボウルビイの『母子関係入門』や『母子関係の理論』に出会いました。人格形成のスタートは母子関係にあります。人間は生まれてくるとまったく無力で、親がいないと命に関わります。子どもが親を求める激しさには切羽詰まった理由があるのです。一方、動物行動学の視点から親子関係を含む社会性を描いたのがエドワード・O・ウィルソンの『社会生物学』、攻撃行動に焦点を当てたのがコンラート・ローレンツの『攻撃』です。ローレンツは、憎しみは愛がある相手にしか生じないといいます。家庭内に暴力があってもなかなか離れられないような関係性は、ヒトと動物に共通する進化的なメカニズムに依存すると考えられます」
親子関係を、脳科学で解明したい
カナダのマギル大学にポスドクとして着任した2002年に親子関係の研究を始め、2004年に理研へ。「フロイト、ボウルビイやローレンツが活躍した20世紀は、親子関係の成り立ちを脳科学で理解することができませんでした。それが今ならできます!ところが、心理学では親子関係はよく研究されているのに、脳科学では人気がない。これこそ私のために残されていたテーマなのでは、と思いました(笑)」。
黒田さんの研究室では実験を通して、子育てに必須の脳部位と、子どもを攻撃する虐待行動に関係する脳部位を、マウスで突き止めた。「子育てと虐待は両立しないため、それらの脳部位は互いに抑制し合う関係にあります。ただし、その相互抑制の仕組みは思いのほか複雑で、今も解明を進めているところです」。
虐待のない未来を目指して
脳科学の知見を社会に役立てる取り組みも進めている。「子どもを虐待してしまう人たちを責めるだけでは問題は解決しません。虐待の原因を突き止め、その人に適した支援や治療を行うために、脳科学で得た知見を役立てたいのです」。
ボウルビイらの本にはたくさんの付箋が貼られている。「数十年以上前の著書ですが示唆に富み、論文にも引用しています。子どもが親を求める愛着行動に必要な脳部位など、身近な親子関係にはまだ分かっていないことがたくさんあります。ボウルビイらの本には、脳科学の言葉で語るべき研究テーマが詰まっています」。
(取材・執筆:立山晃/フォトンクリエイト 撮影:STUDIOCAC)
黒田公美の5冊