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茂呂和世
茂呂和世

「細胞も科学者と変わらない」茂呂和世博士インタビュー

茂呂和世

茂呂和世(もろ・かずよ)博士
統合生命医科学研究センター
自然免疫システム研究チーム チームリーダー
 

栃木県出身。粘膜免疫の研究を志し慶應義塾大学医学研究科を経て、博士号取得(医学)。2010年「ナチュラルヘルパー細胞」を発見。現在この自然リンパ球の制御によるアレルギー治療を目指した研究を行っている。15年より現職。

自分が細胞になったらどうしたい?

 

私の専門は細胞の研究です。おそらくみなさんが想像する細胞は、教科書に載っている丸っぽいものではないでしょうか。しかし実際の細胞はそんな形はしていません。教科書に載っている細胞の多くは、体内から取り出した後なので、平たくなるか、丸くなってしまっているのです。

 

研究を始めてまもなくの頃、読んで驚いたのが①『細胞紳士録』。電子顕微鏡を用いて撮影された体内の細胞が、色とりどりに紹介されています。

 

私も当時細胞は丸いものだと思っていたのですが、この本が見せてくれる細胞の様子はまったく違う。こんなにもさまざまな形の細胞が体を構成しているなんて、驚きました。

 

しかもこの本では、細胞の特徴ごとに名前をつけていて、おもしろい。「糸を吐く怪鳥(線維芽細胞)」「宝石づくりの魔術師(エナメル芽細胞)」「パスタづくりの巨匠(巨核球)」など、とても興味をひかれました。

 

学生は細胞の形や働きをなかなか想像できないので、この本を読んでほしいと思います。実験する時には「自分が細胞だと想像してどう動くか考えてごらん。細胞は人間が考えるのと同じことをやっているから」と伝えます。細胞にもそれぞれキャラクターがあって、良い奴もいれば悪い奴もいる。自分が良い細胞になって隣の細胞を助けたいと思ったら、細胞はそのように動くでしょう。

 

リアルに想像するにはある程度の知識が必要ですから、この本は考えるための材料として、とても良い1冊です。

茂呂和世

境遇を重ねた、瀬戸内寂聴の『女徳』

 

何度も読み重ねた小説もあります。瀬戸内寂聴の②『女徳』は、50回ほど読んだでしょうか。小さい頃に花柳界に売られ、やがて尼僧となった実在の女性を瀬戸内寂聴が描いています。少女は一世を風靡する芸者にまで上りつめるのですが、最後にはすべてを捨て、出家する。

 

モデルとなった高岡智照の墓は京都の祇王寺にあり、私は京都に行くたびにその寺を訪れます。

 

昔の花柳界なので少女には選択の余地はありません。借金を背負わされているので逃げるわけにも行かず、妾になれと言われたら、ならないといけない。その境遇のなかでも、芸者としてのし上がっていく過程がおもしろい。そして芸者として頂点に立った時、出家するという気持ちもよくわかります。

 

私は「ナチュラルヘルパー細胞」を見つけた後、研究者をやめたいと思ったことがありました。発表後に、多くの取材や発表の場があって急に注目を浴びた反動から、しばらく放心状態になってしまったのです。出家しようかとまでは思いませんでしたが(笑)、この物語に少し境遇を重ねたのかもしれません。

茂呂和世

山本周五郎の描く、日陰の努力

 

山本周五郎は、私を構成する大切な要素です。30ほどある全作品を本がボロボロになるまで何度も読みました。特に精神論では大きな影響を受けています。周五郎の作品に出てくるのは光の当たらない人たちですが、彼らの努力が成果を生む。作品の魅力はここに尽きます。

 

③『小説 日本婦道記』は名もなき女性を題材にした短編集。私は大和撫子とは程遠いですが、読むと背筋が伸びます。

 

物語は妻や母の目線で語られ、控えめに男を支えることに徹しています。

 

「箭竹(やだけ)」は家を復興しようとする母の話。彼女は夫を失ったことで家が取り潰しになる中、息子・安之助を立派な武士に育て上げようと日々苦悩している。

 

彼女は内職で矢をつくって将軍に献上しているのですが、心を尽くせば必ず道が開けると信じ、材料を選りすぐり1本ずつ丁寧につくった矢の下の部分に「大願」と銘を彫り付ける。

 

ある時、将軍家綱がたくさんの献上矢の中でも優れて飛ぶ矢に「大願」の文字があることに目を留め、母子の日陰の努力は実を結びます。そのひたむきで妥協を許さない姿勢は、研究者に似ている気がします。

茂呂和世の3冊

①細胞紳士録 ―カラー版―

藤田恒夫、牛木辰男/著

岩波書店

2004年3月

②女徳

瀬戸内寂聴/著

新潮社

1968年

③小説 日本婦道記

山本周五郎/著

新潮社

1984年