小安重夫(こやす・しげお)博士
理化学研究所理事
生命医科学研究センター免疫細胞システム研究チーム
チームリーダー
1955年、東京都出身。東京大学大学院理学系研究科で生物化学を専攻。理学博士。ハーバード医科大学ダナファーバーがん研究所病理学助教授、慶應義塾大学医学部教授などを経て、2013年理化学研究所に入所し、2015年より現職。専門は免疫・感染症。感染症に対して人体がどのように反応・防御するかを研究している。理研の医科学イノベーションハブ推進プログラムのプログラムディレクターも兼務し、健康や病気に関するビックデータを人工知能や数学を用いて解析することで、個別化医療の実現を目指している。著書に『免疫学はやっぱりおもしろい』(羊土社)など。
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エジソンの伝記をきっかけに発明家を志す
「幼稚園のころ、絵本のようなものだったと思いますが、トーマス・エジソンの伝記を読んで、発明家になりたいと思うようになりました。この話をすると、幼稚園児で!?と驚かれるのですが、証拠もあるんですよ。幼稚園の卒園アルバムの“大きくなったら?”の欄に“発明家”と書いてあります」。
小学生になると、発明家エジソンをまねて、いろいろな物をつくった。自作の装置をコンセントに差してヒューズを飛ばし、怒られたことも。「伝記に書かれているのは実在した人。だからこそ、こういう人になりたいな、とはっきり思えたのでしょう」。
昆虫も好きだった。「『ファーブル昆虫記』は、文章が写実的で、見たことのない虫たちが目の前にいるように思え、夢中になりましたね。特に興味を持ったのが、フンコロガシ。本物を見てみたいと、近所をあちこち探し回りました。結局、出会うことができず、とても残念に思ったことを覚えています」。
ワトソンの『二重螺旋』を転機に生物学の道へ
中学時代の友人たちとは、違う高校に進んでもよく会っていた。「俺はあれを読んだ、俺はこれを読んだ、と競い合うように難しい本を読んでいました。1人で手に負えない本はみんなで輪読したものでしたが、特にロシアの物理学者レフ・ランダウの統計熱力学の本をよく覚えています。あまりにも難しくて、まったく理解できなかったという意味で、ですよ。でも、分からないなりに考え方は面白いと思え、それがきっかけで物理学に興味を持ちました」。
物理学を学ぼうと東京大学理科一類に進学。「同級生に物理学がものすごくできる人が何人もいたのです。自分は彼らには勝てない、と物理学科に進むのを諦めました。そのころに読んだのがJ.D.ワトソンの『二重螺旋 完全版』です。振り返ると、この本が私の大きな転機になりました」。
この一冊はワトソンがDNAの二重らせん構造を発見するまでの回顧録だ。「研究現場のきれいごとではない部分も書かれています。そういう話は教科書には載っていません。あの大発見の裏には激しい競争があったことを知り、研究の世界というのはなんて面白いのだろうと思いました。そのころから、関心が少しずつ生物系に移っていきました」。
留学を機に日本の歴史にも関心を持つ
また、米国への留学を機に、日本の歴史に関する本を読むようになった。「いろいろな国の人と会うようになり、みんなが自分のルーツをよく知っていることに驚きました。私は自分のルーツや日本の歴史を知らないことに気付き、日本の古代史から現代史まで片っ端から読みました。そのときに分かったことが、日本の歴史を知るには高校で習った古文や漢文が役立つということ。『日本書紀』は漢文で書かれていますから。高校時代に知っていればよかった」。
移動中に読めるように、文庫本や新書を持ち歩いている。「今は、平安時代の院政についての新書を読んでいます。本というのは、気になることが出てきたら、自分のタイミングで前に戻って読み返すことができるのがいいですよね。テレビやラジオでは、そうはいきません」。
研究者の原点となったバクテリアの写真
小安博士の居室には、コーロバクターというバクテリアの電子顕微鏡写真が飾られている。「大学院生時代に撮影したもので、私の研究者としての原点です。バクテリアのべん毛は普通、1個のタンパク質でできているのですが、コーロバクターのべん毛は2個のタンパク質でできていることを、初めて示した写真です。このときに、プロの研究者になろうと決めました」。
「私は何にでも興味がある」と笑う。「だから小説もノンフィクションも、いろいろなジャンルの本を読みます。研究者になってからも、試行錯誤を繰り返しながらいろいろなことをやってきました。そうして、一番やりたいこと、すなわち感染免疫の研究にたどり着いたのです」。
発明家になりたかった子どもが科学者になった。「コーロバクターの写真を撮ったとき、それまで誰も知らなかったことを自分が初めて見つけた、とうれしくなりました。これも一種の発明でしょう。発明家と科学者には共通するところがたくさんあります。子どものころになりたかったものになっている、と感じています」。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、写真:STUDIO CAC)
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