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桝太一さんインタビュー「本に感じる科学のロマン」

桝太一(ます・たいち)

同志社大学 ハリス理化学研究所 専任研究所員(助教)

 

1981年千葉県生まれ。麻布中学校・高等学校を経て、2004年東京大学農学部卒、2006年同大学院農学生命科学研究科修士課程修了。学生時代の専門は水域保全学。大学院ではアサリの殻の成長線について研究した。2006年に日本テレビ入社。情報番組『ZIP!』、報道番組『真相報道バンキシャ!』などで長年にわたり総合司会を担当。一方で、『ザ!鉄腕!DASH!!』『所さんの目がテン!』などの番組でアナウンサーとして科学を伝えることにも携わってきた。2022年にサイエンスコミュニケーションを研究・実践するために日本テレビを退社し、同志社大学へ。

「Twitterで“科学道100冊”を知り、こんな科学の良書リストがあるんだとワクワクしました。セレクトがとても好みで、本を選ぶのに助かっています」。

 

 

桝さんが学ぶ、サイエンスコミュニケーションとは?

桝さんの画像「サイエンスコミュニケーションを研究しています」

2022年5月に刊行した『桝太一が聞く 科学の伝え方』では、山中伸弥氏をはじめ科学に関わる人にインタビュー。科学の現場におけるサイエンスコミュニケーションの重要性と問題点にスポットをあてた。

 

——2022年春にテレビ局を退職し大学の研究職に転職された桝さん。専門の「サイエンスコミュニケーション」とは、一体どんな学問でしょうか?
今年の春から同志社大学のハリス理化学研究所で、サイエンスコミュニケーションの研究と実践に取り組んでいます。一言でいうと、科学についてみんなで話し合って理解するための方法・手段を考える学問です。

 

日本テレビを退社してこの仕事に就いた大きなきっかけが、新型コロナウイルス感染症の流行でした。国民全員にとって科学が自分ごとになった出来事が、コロナだったと思うんです。

 

突然の有事に、多くの科学者が必要な情報を精一杯届けようとしたけれど、結果、思うように届かなかった。僕が身を置くマスメディアもうまく機能できないまま、曖昧な情報や誤った情報が錯綜して度々混乱が起きていました。

 

科学を研究する人、伝える人、ふだん科学を意識せずに生活している人、三者の距離が大きく離れてしまっていることが、明らかになりました。これからは研究する人にも伝える力が必要になってくるでしょうし、伝える報道などの側にも科学に詳しい人材が必要です。生活者にも科学への興味や知識がもっとあっていい。三者がお互いにつながりあい、科学を活かせるコミュニケーションの方法をつくっていこうとしています。

 

——そのために、桝さんは今どんなことをされているのでしょうか?

 

研究と実践の両輪の生活を送っているつもりです。研究テーマは大きく二つです。

 

一つは、誰でも再現できる科学の伝え方について。例えば僕が話しても、他の人が話しても、科学に関する情報が同じように正しく分かりやすく伝わるには、どうしたらいいか。映像の作り方や言葉選び一つでも、伝わり方は変わります。テレビアナウンサーの経験を活かして、個人のノウハウに留めずに誰でも共用できる手法としての「科学の伝え方」を考えようとしています。

 

もう一つは「人はどこから科学の情報をキャッチしているのか?」の追跡です。ひと昔前であれば、テレビや新聞が中心でしたが、今はネット社会で情報の入手先も拡散経路もとても複雑です。適切に伝えていくために、情報の経路を追いかけていくことも大事だと感じています。

 

この二つの研究と同時に、僕自身が理系出身のアナウンサーとして、科学に関する情報を積極的に発信しています。

 

 

科学に目覚めたのは『ファーブル昆虫記』と星新一から

桝さんの画像「小学生の頃『ファーブル昆虫記』を夢中で読みました」

——科学に目覚めたきっかけは本だったとか。子どもの頃はどんな本に親しんでいたのでしょうか。

 

今でもハッキリ覚えているのは小学校3、4年生の頃に読んだ集英社の『ジュニア版 ファーブル昆虫記』です。奥本大三郎さんが翻訳されたもので、夢中になって読みました。科学の本と意識して読んでいたというより、純粋に楽しい読み物としてシリーズを読み続けていましたね。挿絵が漫画のように可愛らしくて、僕が描く生き物の絵はこの真似から始まりました。

 

幼い頃から生き物が好きでしたが、自分の知っている生き物たちの世界が、文章にするとこんなにも鮮やかに伝わるんだ、と感動した体験でもあったんです。読むほど本も生き物も好きになる、ターニングポイントになった本だと思います。

 

『ジュニア版 ファーブル昆虫記』と『桝太一の生物部な毎日』

左から『ジュニア版 ファーブル昆虫記』(集英社)と、桝さんが生物オタクだった学生時代を書いた『桝太一の生物部な毎日』(岩波ジュニア新書)。桝さん自ら描いた表紙の絵は、ファーブル昆虫記の中の見山博さんのイラストに影響を受けているそう。

 

星新一さんのショートショートも大好きでした。『ボッコちゃん』『きまぐれロボット』『おーいでてこーい』など、あげればキリがないですね。憧れて「星太一」というペンネームをつけていたくらいです(笑)。読んでいると最初は「どういうこと?」となるんですが、冷静になってロジカルに考えてはじめて分かる面白さが散りばめられています。正面から科学を扱う話ではないのですが、「科学的な考え方」を教えてくれた、大事な本です。

桝少年がハマった星新一の作品

 

 

旅するように本の世界にのめり込んだ中高時代

桝さんの画像「中学・高校時代は紀行文をよく読んでいました。知らない土地を旅する気分でワクワクします。」

——中高生の頃は、友達と競うように本を読んでいたそうですね。

 

家から片道1時間半の学校に通っていたのですが、いつも一緒だった友人が、電車に乗っている間ずっと本を読んでいたんです。自然と僕も本を読んで、互いに感想を言い合ったりしていました。読書する自分がカッコいいと思っていたので、難しそうな本も読もうとして挫折したり。カフカの『変身』は虫の話かと思ったら想像と違う内容で、すぐに投げ出してしまいました(笑)。

 

友人は小説をたくさん読んでいましたが、僕は紀行文のような、その場所に行った気持ちになれるノンフィクションが好きでした。椎名誠さんの作品や、沢木耕太郎さんの『深夜特急』。妹尾河童さんの『河童が覗いた』シリーズでは、緻密に描かれた間取り図の挿絵に夢中になりました。思えば『ファーブル昆虫記』も、南フランスの農村地帯が舞台なんですよね。本を通して行ったことのない場所に出会える楽しさと、自然の中で未知の虫に出会えるワクワクは、僕にとってはすごくよく似ています。

桝青年が夢中になったノンフィクション

——社会人になって、本との付き合い方は変わりましたか。

 

悲しいことに働きだしてから、なかなか本を読む時間が取れずにいます。というのも僕の本の読み方は没入型で、読みだしたら最後まで止めずに読み切りたいんです。長編映画を観るのと同じですね。中高生の頃は「ご飯だよ」と親に呼ばれても、聞かずに3、4時間、夢中で本の世界に没頭していました。でも働きだすとまとまった時間を取ることが難しくなって。今思えば子どもの頃のそうした時間って本当に貴重だったなと思います。

 

 

桝さんが中高生におすすめした科学本

——今の中高生におすすめしたい本はありますか。

 

たくさんあります。まず科学の世界に気軽に入っていける入門編として、漫画をおすすめしたいですね。科学道100冊でもすでに選出されていますが、『はたらく細胞』や『Dr.STONE』はやっぱりおもしろい。博物学を扱った『ダンピアのおいしい冒険』もおすすめです。僕の小学生の娘も今夢中になっています。

科学入門編「サイエンスコミック」
小説なら、恐竜の世界を描いた『失われた世界』。シャーロック・ホームズシリーズを書いたコナン・ドイルの作品です。ジュール・ヴェルヌのSF小説『海底二万里』も名作ですね。こうした本を「面白いぞ」と思えたら、次はぜひ瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』を。ミトコンドリア遺伝子の反乱を描いたSFで、1997年には映画にもなった話題作です。生命科学の世界にロマンを感じさせてくれる内容で、実は僕が大学で理系に進もうと決めたキッカケの1つになった本でもあります。学生時代を振り返ると、科学を志すターニングポイントに、いつも本との出会いがあったんだなと思います。

 

科学中級編「サイエンス・ファンタジー」

 

チャレンジ本としては『狂気の科学』でしょうか。実際にあった、狂気とも言えるような科学者たちの実験の歴史が紹介されています。キレイごとだけじゃない、人間の欲望渦巻く科学の一面に触れられます。この本を面白いと思えたら、ある意味で科学に向いているんじゃないかと思います(笑)。

社会人になってから夢中になった本でいうと『暗号解読』でしょうか。腕利きのサイエンスライター、サイモン・シンが暗号技術の歴史をドラマチックに綴っています。以前テレビの海外ロケがあり、その長い移動時間に読みだしたら止まらなくなりました。サイモン・シンは『フェルマーの最終定理』もおもしろい。この2冊は科学道100冊に選出されていますよね。

 

科学上級編「サイエンスノンフィクション」

 

 

科学は、ファンタジーを超えるファンタジー

桝さんの画像「物語やファンタジーが好きなら、科学の本も読んでみて欲しい!」——最後に、中高生にメッセージをお願いします。

 

SNSで15秒動画が流行しているように、今は映像も文章も、身近に触れるものは短いものが多いと思います。けれど、長いからこそ伝わるものも、世の中にはあります。何にも邪魔されずに好きな本を好きなだけ読める時期って、学生時代を逃したら仕事をリタイアするまでほとんどありません。ぜひ、時間のある今のうちに、長い文章、分厚い本にたくさん触れてほしいです。本棚を薄い本だけでなく、分厚い本で埋めてほしいと思います。

 

もし小説やファンタジーが好きなら、ぜひ科学の読み物を手にとってみてください。「事実は小説よりも奇なり」です。人の想像で作った物語よりも、事実のほうが上を行っていると僕は思います。

たとえばドラゴンのような架空の生き物は、実在する生き物の組み合わせから生まれたものです。一方で深海には、デメニギスやリュウグウノツカイのような人間の想像の斜め上をいく生き物が存在する。こんな形の生き物は、人間には思いつきません。ファンタジーを超えるファンタジーが、科学であり生物だと僕は思います。物語やファンタジー好きならぜひ一度、科学の読書に飛び込んでみてください。

人間の想像の斜め上をいく深海魚

画像左の書籍『ふしぎな深海魚図鑑―海の底までもぐってみよう』の表紙に描かれた、緑色の目を持つ深海魚が「デメニギス」。双眼鏡のような目は、優れた集光能力を持ち、僅かな光を使って獲物の影を捉えることができる。中央の書籍の表紙に大きく描かれているのが「リュウグウノツカイ(竜宮の使い)」。世界最長の硬骨魚類であり、全長11mという記録も残っている。