理化学研究所 環境資源科学研究センター
細胞機能研究チーム 研究員
マレーシアのボルネオ島、コタキナバル生まれ。筑波大学第二学群生物資源学類を経て、同大学院生命環境科学研究科単位取得退学。博士(農学)。(独)産業技術総合研究所ポスドク研究員を経て、2009年より理研基礎科学特別研究員。2012年4月より現職。
身近な自然と加古里子の絵本に興奮した岩瀬哲の幼少期
「生物の宝庫といわれるボルネオ島で2歳半まで過ごしたことや植物好きの両親の影響があったのか、植物や虫が大好きで、野山を駆け回っているような子どもでした」。よく読んでいたのが、加古里子の『宇宙』だ。ノミがどれだけ高く遠くまで飛ぶか、という話から始まって、生物や乗り物、星や銀河を比較しながら宇宙の果てまで行く。
「世界はこんなに広いんだと、この本で知りました。そして”このひろいうちゅうがあなたのかつやくするところです”という最後の言葉に、胸が熱くなりました。同じ作者の『地球』も好きでした。知っている虫が森にいたり、化石が地層に埋まっていたり、ページをめくるごとに発見があってわくわくしました。比較や発見は科学の始まりです」。
小〜中学の読書で、植物のすばらしさに感動
小学3年生のころ、富山和子の『森は生きている』を読んだ。「水も土も生物も気候も、そして人間も、全て植物によってつながり支えられていることを知り、植物ってすごいなと感動し、植物がもっと好きになりました」。
宮沢賢治が好きな姉から薦められて『やまなし』を読んだ。4年生のときには、教室にあった『銀河鉄道の夜』、そして『グスコーブドリの伝記』を読んだ。「科学の力を使い、最後は自分が犠牲になって人々を救うブドリの姿に感動し、この本を下さいと先生にお願いしたほどです」。
一番好きな作品は、中学時代に読んだ『虔十公園林』だ。「生き方に指針を与えてくれました。虔十のように新しいことを行い知見や物を創る人、虔十の家族のようにそれを育む人、帰郷した博士のようにその価値を見いだす人。どの立場も大切で、どれかになればいいんだと分かり、気持ちが楽になりました」。
植物の力を役立てたい
高校生になって母に薦められて読んだのが、内村鑑三の『後世への最大遺物』だ。「この取材の前に読み返し、生き方こそが誰にでも遺すことのできるものだという言葉に感動し、信念をもって生きることの大切さを再認識しました」。
同じ文庫本に収録されていたのが『デンマルク国の話』で、それが進路を決定付けた。「不毛な土地が、ある親子の発見と植林によって肥沃になり国が豊かになったという話で、富山和子の『森は生きている』、『グスコーブドリの伝記』、『虔十公園林』と相通じるものがありました。植物を知るだけでなく、植物の力を役立てたいと考え、大学は農学系に進みました」。
SDGsの達成にも「共生」は不可欠
2005年に学位を取得。翌年、学会の販売ブースで「ジャケ買いした」というのが、トム・ウェイクフォードの『共生という生き方』(遠藤圭子訳)である。
「ピーターラビットの作者でもあるビアトリクス・ポターの地衣類の研究から、共生による進化、社会科学への影響まで紹介されていて、とても面白かった。異なる生物が助け合うことで新しい環境に適応していく。それが原動力になった進化もあるのです。共生の役割と意義について知ることは、持続可能な開発目標(SDGs)の達成が求められている現代の社会にとっても不可欠です」。
多様性を感じられる図鑑が大好き
岩瀬研究員の研究のバイブルとなっているのが、原田宏・駒嶺穆編の『植物細胞組織培養』だ。「学部4年生のときに初めて買った専門書です。この数十年で生物学は大きく進展しましたが、残されている謎もあります。この本には研究の種が潜んでいるのです」。
研究の合間には時々、薄葉重の『虫こぶハンドブック』を眺めている。「植物に昆虫が入り込むことで形成される虫こぶも、共生の一種かもしれません。いろいろな色や形の虫こぶがどのようにしてできるのか、植物にとって何か利点があるのかを解明したいという科学的な興味もありますが、そもそも図鑑が大好きなんです。図鑑を見ると、いろいろな生き物がいること、それらがつながっていることが分かります。息子が3人いるのですが、彼らにも生物の多様性やつながりを知ってほしくて、家にもたくさんの図鑑があります」。
科学者は三つの立場になれる
岩瀬研究員は、植物の再生メカニズムの研究をしている。「科学者は知見や物を創る人だと思っていましたが、人を育むことも、何かの価値を見いだすこともできます。三つの立場になれる科学者でいられることが、とても幸せです」。誕生日に妻が宮沢賢治全集をプレゼントしてくれた。「また『虔十公園林』を読んでみようかな」。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)