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加藤忠史博士

加藤忠史博士「双極性障害を知ってもらいたくて」一般書を執筆

加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長

精神疾患動態研究チーム チームリーダー

 

1988年東京大学医学部卒業。1989年滋賀医科大学附属病院精神科助手、1994年同大学にて博士(医学)取得。1997年東京大学医学部精神神経科助手、講師を経て、2001年理化学研究所 脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チームリーダー。2018年より現職。

専門分野は精神医学、神経科学。日本における双極性障害研究の第一人者。研究の傍ら、診療・教育にも従事している。また、啓発にも力を注ぎ、一般向けの著書も多い。

精神疾患動態研究チーム チームリーダー理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

フロイトを読み、心の不思議に興味を持つ

 「小学生のころ、図書館に入り浸っていました」と加藤忠史博士。「冒険の話や探偵物などが好きで、星新一さんのSF小説も全部読みました。『シートン動物記』を初めて読んだのもそのころで、誇り高いオオカミの話に感動しました」

 

 中学生のとき、友人からフロイトの『精神分析学入門』を薦められた。「無意識が夢に現れると書かれていて、ヒトの心は不思議だなぁと思いました。そして、高校生になると、将来は心理学の研究がしたいと思うようになりました。『心理学入門』などの著者で心理学者の宮城音弥先生が、ヒトを対象にした研究をするために医学部に入り直したことを知り、私もヒトの心を研究したくて医学部へ進みました」。

精神疾患動態研究チーム チームリーダー理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

脳を直接調べることのできない臨床現場で学んだヤスパース

 やがて精神医学の臨床の現場へ。「昨日までうつ状態態で無口だったのに、今日は躁状態でしゃべりまくり、まったく別人のようになった双極性障害の患者さんに出会いました。脳の状態が変わっているとしか思えません。現代の科学ならば、これほど明確な変化の原因はすぐ分かるはずだと、1990年ごろから研究を始めました。ところが30年たった今でも、双極性障害の原因解明は道半ばです」。

 

 なぜ解明が難しいのか。「ほかの臓器ならば、患者さんの組織の一部を採取して調べることもできます。しかし脳は直接調べることができない。カール・ヤスパースは1913年の『精神病理学原論』で、対話による心理学の手法により、患者さんの言動を、他者が了解できる部分と、どうしても了解できない、すなわち脳の病理に起因すると考えられる部分に分けることを提唱しました。そのような分類が、精神医学の生物学的な研究へつながっていきました」。

さまざまなアプローチを教えてくれた『脳のなかの幽霊』

 心理学・神経科学者として研究と臨床の現場に立つV・S・ラマチャンドランらが書いた『脳のなかの幽霊』にも感銘を受けた。「片腕を失った患者さんが、ないはずの腕が痛いと訴える幻肢痛という症状があります。ラマチャンドランは患者の片腕を鏡に映し、失った腕がまだちゃんとあると脳に錯覚させることで、幻肢痛を軽減させました。鏡だけで治療ができたのです。精神医学には、さまざまなアプローチが必要なことを教えてくれました」。

精神疾患動態研究チーム チームリーダー理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

多くの人に双極性障害を知ってもらいたい。自著を出版

 1998年、加藤博士は最初の自著『躁うつ病とつきあう』を上梓。「うつ病と双極性障害では、同じようなうつ症状が表れます。しかし、うつ病に有効な抗うつ薬が双極性障害を悪化させてしまうケースがあります。自分が双極性障害だと知らず、適切な診断・治療を長年受けられず、症状が悪化する例があまりに多いことを目の当たりにしました。家族や周囲の人たちも病気だとは知らず、躁状態の言動によってその人を誤解し、それが患者本人を苦しめます。多くの人たちに双極性障害のことを知ってもらおうと、一般に向けて小説風に書いたのです」。

シートンの現場の知

 加藤博士は、2001年から理研で研究を進めるとともに、その後も一般書を書き続けている。「5年ほど前、動物学者の今泉吉晴さんが書いた伝記『シートン─子どもに愛されたナチュラリスト』で、『動物記』は動物を擬人化しているから学問ではないと学会から批判されたシートンは、客観的に記述した『動物』を出してようやく学会から認められたということを知りました。しかし現代に読み継がれ大きな影響を与え続けてきたのは『動物記』の方です。シートンは牧場でのオオカミ対策などの体験をもとに『動物記』を書くような、現場の知を持つ人だったのです」。

精神疾患動態研究チーム チームリーダー理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

シートンのように生きたい!

 加藤博士は現在、双極性障害を引き起こしている脳部位を特定する研究を進め、さらに土曜日にはクリニックでの診療も続けている。「残念ながら、私がやっている基礎研究の成果はまだ臨床につなげられていません。一方、一般書を書き続けてきたことで、双極性障害のことが少しずつ知られるようになり、患者さんが適切な診断・治療を以前より早く受けられるようになってきたことに多少は貢献できたかな、と思っています。しかし一般書の執筆を研究者として評価されたことはありません。シートンも学会から批判されて苦労していたのか、と共感しました。そして私も、象牙の塔にこもらずシートンのように生きたい!とあらためて思いました」。

精神疾患動態研究チーム チームリーダー理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長加藤 忠史(かとう・ただふみ)博士

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)

『シートン動物記』全3巻

アーネスト・トムソン・シートン(著)清水勝 (イラスト)阿部知二(訳)

『シートン動物記』全3巻

講談社

1985年7月

精神分析学入門

フロイト(著)懸田克躬(訳)

精神分析学入門

中央公論新社

2019年3月

心理学入門

宮城音弥(著)

心理学入門

岩波書店

1965年12月(現在、絶版)

精神病理学原論

カール・ヤスパース(著)西丸四方(訳)

精神病理学原論

みすず書房

1971年6月

脳のなかの幽霊

V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー(著)山下篤子(訳)

脳のなかの幽霊

角川書店

2011年3月

躁うつ病とつきあう(第三版)

加藤忠史(著)

躁うつ病とつきあう(第三版)

日本評論社

2013年3月

シートン──子どもに愛されたナチュラリスト

今泉吉晴(著)

シートン──子どもに愛されたナチュラリスト

福音館書店

2002年7月