9月26日、「科学道100冊2019」の記者発表会を開催しました。理化学研究所(理研)の松本紘理事長、小谷元子理事、そして編集工学研究所(編工研)の松岡正剛所長によるテーマトークを中心に、当日の様子をレポートします。
なお記者発表会の様子は動画でもご覧いただけます。
YouTube公式 理研チャンネル「科学道100冊 2019」記者発表会(2019年9月26日)
記者発表の会場は、天井に届くほどの本棚に囲まれた編工研(東京都世田谷区)のブックサロンスペース「本楼」。その一角に、「科学道100冊2019」に選ばれた本を展示しました。到着したメディア各社の記者たちは、本を手に取ったり、展示を写真に収めたり。今回の発表会には、一般紙や教育専門紙誌、ウェブニュースなど約30社の記者、科学ジャーナリストなどが集まりました。
科学を「楽しい」と感じて欲しい
冒頭に、理研の小谷理事がこれまでの経緯を説明。科学道100冊プロジェクトの背景として、日本は科学に対する教養レベルは高いものの、それが社会でどのように役立っているかの認識が薄く、子どもたちも科学を「楽しい」と感じていない現状があるのではないかと指摘しました。
また、「一方で、理研の研究者たちは、職業として研究を楽しみ、科学を通して社会に貢献したいと思っています。科学とは何かについて哲学的に追求している人もいます。これまで多くの科学者たちが科学の力を信じ、社会への貢献を胸に、科学の道を歩んできたことから、そうした姿勢を『科学道』という言葉で表現しました」とコメント。
理研のこの考えに共鳴したのが、本の可能性を追求する編工研。両研究所は科学道を社会へ伝えるため、2017年に科学道100冊プロジェクトを立ち上げ、科学の魅力を伝える書籍100冊を発表。その後、子ども向けに「科学道100冊ジュニア」も発表しました。
この企画は全国の書店や図書館、教育機関でフェアが開催されるなど、大きな反響がありました。これを受けて同プロジェクトでは、科学の魅力を多面的、継続的に伝えようと、科学道100冊のアニュアル化を計画。その第一弾が、今回の「科学道100冊2019」です。
旬のテーマ本50冊+定番の50冊=計100冊
選書にあたっては、理研の全職員を対象に、研究部門や事務部門を問わずに「大人になる前に出会ってほしい科学道の本」を募り、理研研究者らと松岡所長からなる選書委員会で選定(※)。今回から、100冊の構成を「テーマ本」と「科学道クラシックス」に分け、それぞれ50冊を取り上げる方針も決定しました。
※YouTube公式 理研チャンネル「科学道100冊 2019選書会議(2019年5月8日)」
テーマ本はそのときどきに“旬”のテーマを3つ挙げるもので、毎年変わります。今回は「元素ハンター」「美しき数学」「科学する女性」をテーマに掲げました。また、科学道クラシックスは、時代を越えて読み継ぎたいオールタイム・ベストの本50冊となっています。
生きるとは何か考える時「本」は灯台になる
小谷理事による概要説明の後は、松本理事長と松岡所長を交えたトークショーとなりました。
小谷:お二人は、科学道プロジェクトにどのような意義があるとお考えですか?
松本:人間とは、生きるとは何か、世の中とはどういうものか。私は、科学を通じてそうしたことを考える「道」があるに違いないと思っています。そのときに役立つのが本です。科学道100冊が、子どもにどんな本を買えばいいかわからない、という親御さんにとって指標になればと考えています。
松岡:今はインターネットで何でも調べられる時代ですが、ポアンカレの基本原理やホーキングの定理、そもそも原子力とは何かといったことは、案外知られていません。科学道100冊ではその部分や、科学の読み方、科学者との共鳴のしかたを伝えていきたいと思っています。
松本:私が小学生の頃、家には本といえば教科書しかありませんでした。買えなかったのです。でも、教科書には広く浅く、さまざまなことが書かれており、もっと知りたいという気持ちが芽生えました。
ヨーロッパには『グレートブックス』という選書があり、これがリベラルアーツの基本になっています。私は以前から、科学の基本を押さえる本を選んで示す、灯台のような集団があってもいいと考えていました。
松岡:僕は小学生の頃はセミの幼虫を捕まえてきて蚊帳の中で羽化させたり、中学校では科学部に入ってホコリの培養をしてみたりと、完全に科学少年でした。ところが、高校では生物以外の理科が面白くなくなってしまった。知らないことに疑問を持って体験することと、理路整然と教えられることのあいだにギャップがあったのです。この隙間を埋めるのが本だと気づきました。そしてその“あいだ”を僕がつながなければと思い、編集者になりました。
日本の科学者に興味を持ち、『日本の科学精神』という全5巻の選集をつくったことがあります。明治以来、日本が科学に目覚めたところには何があったのか、ということに関心を持ったのです。これを今の小・中・高校生に伝えるには、理科教育と日本人科学者の姿と世界の動向をまぜこぜにしないとダメだ、と思っていました。そこに理研さんから、科学道という画期的な提案があり、これはもうお手伝いしたいということになりました。
科学者たちの情熱と生きざまを伝えたい
小谷:私は子どもの頃、人付き合いが苦手で、本が友だちでした。科学者になりたいと思ったのも、科学者の伝記を読んだのがきっかけです。今回のテーマである「科学する女性」を通じて科学を志す女性の多様さを、また「美しき数学」では、数学者の熱い心を知っていただきたいと思います。お二人は今回の選書を終えて、どんな感想をお持ちですか。
松本:選書委員会のみなさんが多大な時間を割き、情熱を傾け、真剣に議論してくれたのが非常に印象的でした。委員の先生方のいろいろな視点や考え方、人生観を垣間見た気がしました。
書物だけではすべてのことは学べません。しかし、書物がなければ知識が広がりません。私は高校生の頃、教会で貰った旧約聖書と図書館にある哲学書のあいだに大きなギャップを感じました。それが、自分でものを考えるトリガーになったのです。
また、小学校では自然観察が宿題で、葉っぱの裏表はなぜ違うのか、テントウムシの点はなぜ6個なのか、昆虫は脚が取れても死なないのはなぜなのか、と疑問を持ちました。それを統括的に系統立てて考えるには、本のガイドが要るのです。つまり自分の経験と本と、どちらも必要なのです。
松岡:今回は、理研のみなさんが研究者になるきっかけとなった“ワンダー”の基になった本、というのが一つ。それに加えて科学者が自らの“シンキングウェイ”をうまく書き表している本を選びました。
小谷:100冊の中で、特にお薦めしたい本を教えてください。
松岡:立場上は「全部お薦めです」と言わなきゃいけないけれど(笑)、敢えて挙げるなら、ファラデーの『ロウソクの科学』ですね。科学の黎明期のことがよく分かるので、中高生には絶対に読んでいただきたい。私も今でも数年に1度は読み返しています。
松本:私が一番面白いと思うのは「伝記」です。研究者がどんな考え方をして、どう生きたか――、そこに感銘を受けます。どの本とは言いませんが、ぜひ科学者の生きざまを読んでほしいと思います。
本を介した「いい出会い」に期待
小谷:最後に、今後の展開への抱負や期待をお話しください。
松岡:本を読むには、順番も大切です。順番といっても、一直線に読み進むだけではなく、途中で3冊同時に読んでみたり、行ったり来たりして原点にまた戻るようなことも必要です。そんなマップのようなものを中高生に向けて提供できれば良いなと思います。
その意味で、クラシックス50冊があり、テーマ本50冊が変わっていくという科学道100冊の構成に期待しています。この仕組みの持つ可能性をこれからも発信していきたいですね。
松本:今回のテーマの一つ、「科学する女性」は、文系と理系で進路を迷っている子を勇気づけるものでしょう。来年以降も学生の志を照らすようなテーマを選びたいと思います。
科学道100冊の本を介して、憧れの科学者を見つけてほしいと期待しています。
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テーマトークの後の質疑応答では、会場の記者から早くも来年以降のテーマを尋ねる質問や、「科学道100冊は探究学習にも使える。学校現場の先生たちに知ってほしい」などの声が上がり、関心の高さが感じられました。
記者発表会を経てさまざまなメディアでも取り上げていただきました。