光量子工学研究センター
テラヘルツイメージング研究チーム
チームリーダー
1990年京都大学理学部卒業。1995年東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)取得。同年、理化学研究所に入所。宇宙放射線研究室基礎科学特別研究員、X線極限解析装置開発チーム研究協力員、川瀬独立主幹研究ユニット研究員を歴任し、2005年テラヘルツイメージング研究チーム チームリーダーに就任。現在に至る。2017年より東北大学大学院客員教授を兼務。超伝導体を用いたテラヘルツ検出・イメージングデバイスの開発と応用に関する研究に従事している。
高校時代に読んだ『ソクラテスの弁明』
自宅の本棚には、これまで読んできた本が並ぶ。学生時代に読み、今ではすっかり日に焼けてしまった本もある。プラトンの『ソクラテスの弁明』が収録されている文庫本も、そんな一冊だ。「高校の倫理の授業で、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが出てきました。哲学って何だろうと思う中で、ソクラテスの哲学の基本概念である“無知の知”に興味を抱き軽い気持ちで読んだのですが、私の生き方や考え方に大きな影響を及ぼしました」。
告発されたソクラテスが法廷で弁明する様子を描いたもので、智者と呼ばれる人々にさまざまな質問をして、あなたは知ったつもりになっているけれども真の意味を分かっていない、ということを証明していく。
「話し言葉で書かれ、60ページほどと短いので、読むだけならばそれほど時間はかかりません。その真実を突き詰めていく論法は、まさに科学的な真理の追求方法と共通するものでした。そして、“無知の知”だけでなく、知っているけれども知っていることに気付いていない“有知の知”もあるのではないかとも思ったのです。そのときから、無意識を意識するようになりました。無意識に持っているイメージを意識下に引きずり出すのです。自分が意識できているものより、無意識に感じているものの方が圧倒的に多く、この方法は大学受験の勉強でも役に立ちました」。
ファインマンから学んだ、未知に向かう姿勢
中学生のころから物理学者になりたいと思っていた。大学に入ると仲間たちと自主ゼミを開き、相対性理論や量子力学など難しい教科書を読んでは議論をしていた。そのころベストセラーになっていたのが、リチャード・ファインマンの『ご冗談でしょう、ファインマンさん』だ。「ノーベル賞を受賞するような物理学者は、どういうことを考え、どのように研究をしているのだろうか、という興味で手に取りました。さまざまなエピソードがユーモアいっぱいに語られていて、とても面白かったですね。続いて出版された『困ります、ファインマンさん』も一気に読みました」。
特に印象に残っているエピソードが、NASA(米国航空宇宙局)のスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故調査だ。「宇宙船はファインマンにとって専門外です。それでも調査委員会のメンバーとなり、事故原因の究明に活躍しました。新しいことを見いだすことが、研究です。専門外だからと避けるのではなく、未知の世界に入って手探りで進んでいく。そんなふうに知らないことに飛び込んでいってもいいんだと、ファインマンから学びました」。
新しい何かを生み出すような研究をしたい
X線天文学の研究室に進み、ブラックホールの研究を行った。そして理研へ。しばらくブラックホールの研究をする中で、超伝導を用いたX線検出器の研究開発を始めた。その後、電波と光の境界領域の周波数を持つテラヘルツ波の検出器の研究開発に軸足を移した。「研究分野を変えることに躊躇する人も多いかもしれません。しかし私は、ファインマンの影響もあってか、さほど抵抗がありませんでした」。
現在は、テラヘルツ波を用いたイメージングやセンシングなど応用分野の開拓を進めている。「新しい何かを生み出すような研究をしたい。私は常々そう思っています。研究分野を変えるほどの大きな選択だけでなく、日常の時々刻々で、私たちは無意識にたくさんの選択をしています。そんな数多くの選択の結果として、私は今ここにいます。あのときなぜこっちを選んだのだろうかと振り返ると、直感、正確に言うと無意識が目標に近づく方を選んでくれていたと感じています。これからも、自分が何をしたいのかという意思と、そして無意識とが示す先に、自分の思いや願いの実現がある、そう思っています」。
学生時代の読書が私の基礎をつくった
これまでの経験と読んできた本が、今の自分を形成している。「経験を積むには年月が必要で、年齢によってできること、できないことがありますが、本は子どもでも大人でも、年齢にかかわらず読むことができます。特に、キャンバスが真っ白な学生時代に読んだ本が、私という人間の基礎の部分をつくっていると感じています。そういう大切な本は、ずっと手元に置いていたいですね」。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、写真:STUDIO CAC)