イベントレポート「科学道100冊2020 今知りたい、ウイルスと免疫の話」

イベントレポート「科学道100冊2020 今知りたい、ウイルスと免疫の話」

2020年12月18日(金)、理化学研究所(理研)と編集工学研究所は「科学道100冊」初の試みとなるオンライントークイベント「科学道100冊2020 今知りたい、ウイルスと免疫の話」を開催しました。

 

なお、本イベントの様子は理化学研究所の広報誌『理研ニュース』2021年2月号にも掲載されているほか、動画でもご覧いただけます。

理研ニュース(外部リンク)
 

▼YouTube公式 理研チャンネル「科学道100冊 2020-今知りたい、ウイルスと免疫の話」12/18(金)18時~19時30分

登壇者はウイルス学者の武村政春博士(東京理科大学教授)と、免疫学者の小安重夫博士(理化学研究所理事)です。武村博士は「科学道100冊 2020」で取り上げた3つのテーマのうち「驚異のカラダ」のキーブック『生物はウイルスが進化させた』の著者です。小安博士は理事として理研の新型コロナウイルスに関する研究開発の陣頭指揮をとられています。

小安博士と武村博士の画像

ウイルス側から世界を眺める武村博士(右)と、人間の側から感染症を研究する小安博士(左)。

 

本記事では、「これから新型コロナウイルスはどうなるのか?」「ウイルスとは何ものなのか?」「感染症はなくならないのか?」など、お二人が意見を交わした1時間半の様子をレポートします。

 

科学道100冊プロジェクトに込めた想い

対談の舞台は編集工学研究所(東京都世田谷区)1階のブックサロンスペース「本楼」。天井に届くほどの本棚には2万冊もの本が並び、この日限りの「科学道100冊」仕様のディスプレイがイベントを彩りました。

科学道100冊の選定書籍の一部が並ぶ画像

 

「100冊の本を通じて、学校で学ぶ科学だけではなく、科学者の生き方や考え方を肌で感じていただきたい」。イベントの冒頭、理研の原山優子理事が「科学道100冊」プロジェクトに込めた想いを述べました。自身のお気に入りの一冊として挙げたのは『ご冗談でしょう、ファインマンさん』。

原山博士と『ご冗談でしょう、ファインマンさん』の書影画像

 

同書はアメリカの物理学者でノーベル賞受賞者でもあるリチャード・P・ファインマンが、自らの半生をユーモアたっぷりに語った本です。原山理事はファインマン博士を「一緒におしゃべりしたいと思うような人」と紹介し、「遠い存在と思われがちな研究者の、人間的な側面に出会える本。将来、研究者を目指す人にはぜひ読んでいただきたい」と視聴者に語りかけました。

 

また、トークセッションを開始するにあたり、「事象の根本的な問題を見つめ直すことが重要。細菌とは何か? ウイルスとは何か? 感染症とは何か? 科学の役割とは何か? を突き詰めて議論していきたい」とコメントしました。

 

本イベントの司会は、編集工学研究所で「科学道100冊」の企画・編集を担当する仁禮洋子。武村、小安両博士が科学の道を歩むきっかけとなった本を伺うところからセッションが始まりました。

司会をする仁禮の画像

 

*以降、「——」は司会者発言。

「科学の道」に入るきっかけとなった本

——今日はお二人に本をお持ちいただきました。ご紹介いただけますか。

 

小安:こんにちは、理化学研究所の小安と申します。私が科学の道に入ったきっかけは、エジソンの伝記でした。幼稚園の頃、その本を読んで、発明家になりたいと思いました。大学では物理を学ぼうと考えていたのですが、非常に優秀な同級生が何人もいて、「彼らには勝てない」と思い、進路に迷っていました。その頃に出会った本が、ジェームス・D・ワトソンの『二重らせん』です。

小安博士と『二重らせん』の書影画像

 

のちにノーベル生理学・医学賞を受賞したワトソン博士本人が1953年に書いた本です。彼は遺伝情報の元であるDNAが二重らせん構造であることを証明しました。大発見の裏には科学者たちの激しい競争があったことを知り、研究の世界はなんて面白いのだろうと思いました。この本がきっかけで生物学の道に入り、気がついたら免疫学者になっていました。

 

——『二重らせん』は「科学道100冊 2020」にも入っている本ですね。武村先生はどんな本を読んでこられたのでしょうか。

 

武村:皆さん、こんにちは。東京理科大学の武村です。私も子どもの頃からサイエンスに憧れていた…というのは嘘で(笑)、一番感化されたのは科学の本ではなく、『水木しげるの妖怪文庫』というシリーズです。

武村博士の画像

親か姉が買ってきてくれたのですが、初めてページをめくったときの衝撃は大きかったですね。当時、妖怪といえば『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる砂かけばばあや一反木綿などのイメージでしたが、この本に出てくる妖怪たちは実に多様で、夢中になって読みました。今でも研究室に置いてあります。

 

この本が「多様性」に興味を持つきっかけだったのかなと思います。妖怪の多様性、生物の多様性、そして現在はウイルスの多様性を研究しています。妖怪もウイルスも目に見えないという点は同じ。私が「目に見えない多様性」に目覚めた本ですね。

 

——武村先生は著書の中で「このウイルスはこの妖怪と似てる!」と水木しげるさんの絵を引用していますね。ウイルスを妖怪に見立てるところが、とてもユニークだと思います。

 

新型コロナウイルスをどう見るか?

——それでは本題に入っていきたいと思います。まず現在の新型コロナウイルスを、お二人はどう見ていらっしゃいますか?

 

小安:ウイルスからすると、宿主である私たちを殺してしまっては意味がありません。本当は一緒に生きようとしている。2002年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)があっという間に消えてしまったのは、あまりにも(毒性が)強力で、感染したほとんどの人が発症したためにすぐに発見されてウイルスが広まる機会がなかったのです。こういったウイルスは人間社会の中では長生きできません。

小安博士の画像

 

今回の新型コロナウイルスはあまり強力ではないので、感染しても発症しない人がたくさんいます。このようなウイルスは、人間社会の中に残っていくのだと思います。例えば、風邪のウイルスとして、4種類のコロナウイルスが知られています。これは時間をかけて人間と共生関係になったウイルスの例です。

 

新型コロナウイルスは、コウモリが持っているウイルスに由来すると考えられています。コウモリとウイルスは上手に共生していますが、状況が違う人間の体内に入ると、ウイルスが慌てていろいろな作用を起こすため、人間側の具合が悪くなってしまう。ウイルスから見れば、一生懸命、人間社会に適応しようとしているのだと思います。

 

これからワクチンがある程度普及して、感染はするけれど重症化を防ぐことができる、という状況になれば、ゆくゆくは今回の新型コロナウイルスも風邪のウイルスのような存在になると考えています。

 

武村:私も基本的な考えは小安先生のお話しされた内容と同じです。個人的には新型コロナウイルスは数あるウイルスの中の一つで、それほど恐ろしいものではない、という考えです。いずれ風邪のウイルスの一つになっていくということは、明らかだと思います。今はしばらくの間我慢してウイルスに付き合って、さらに弱毒化すれば、やがて収束するでしょう。

武村博士の画像

 

大切なのはパニックにならず、マスクや手洗いなど、基本の感染対策をしっかりすることだと思います。

 

ウイルスは生き物なのか?

——基本的なことを伺いますが、そもそもウイルスとは何なのでしょう?細菌とはどう違うのでしょうか?

 

武村:まず、細菌は生物の一種ですが、ウイルスは生物ではありません。構造も違えば、増える仕組みも違います。

 

一番大きなポイントは、ウイルスは生物の細胞の中に入り込まなければ増えることができない、ということです。そしてサイズが非常に小さい。遺伝子は持っているけれど、独立して生きていけるだけの数を持っていません。

 

私は「ウイルスはミニマリスト」という言い方をするのですが、最低限のものだけを持って、数を増やすときには、入り込んだ細胞の中の仕組みや材料を使って増えればいい、というスタンスの生命体です。細菌は自分で独立して生きていけるだけの遺伝子をしっかり持っているので、ウイルスとは仕組みも複雑さも全く違うものです。

 

——ただ、そうした従来のウイルスの定義を揺るがす存在として近年発見されたのが、武村先生が研究されている巨大ウイルスですね。

 

武村:そうですね。ウイルスは実に多様な世界を持っていることが、20世紀後半の研究から次第に明らかになっています。病気の原因となる病原性のウイルスはごく一部で、私たちが把握しているのはウイルス全体からすると、氷山の一角です。中でも原生生物*に感染するウイルスとして見つかった巨大ウイルスは、その名の通りウイルスとしては非常に大きく、複雑な構造をしています。

 

最初に発見された巨大ウイルスの「ミミウイルス」は、一番小さなバクテリアよりも構造が複雑です。これは驚くべきことです。さらに、こうした巨大ウイルスは、直接人間には感染しませんが、私たちの進化に関係してきたのではないかと言われています。

 

私は、新たなウイルスの仕組みを発見していくには、ウイルスと生物を厳然と分けず、もっと柔軟に考えた方が良いのではないかなと思っています。

 

小安:ウイルスが生物か否かという議論はずっと昔からありますが、自身で増えることができないという点で、やはり生物とはいえません。ただウイルスは、細胞の中に入った瞬間から生物のようなふるまいをする。まさに“生き物”と、“生き物でないもの”との中間にある存在だと思います。

 

*原生生物…細胞に核を持つ真核生物のうち、菌、植物、動物界いずれにも属さない生物のこと

小安博士の画像

 

医療が発達しても感染症はなくならないのか?

——以前、小安理事に取材させていただいた際、「人類の歴史を振り返ると、長らく感染症が死因の一位を占めていた」というお話に驚きました。感染症は常に人類と隣り合わせの存在だったのですね。今後、医療技術が発達しても、感染症はなくならないのでしょうか?

 

小安:今後も感染症がなくなることはないと思っています。ただ、新たな感染症が蔓延しても重症化させないための努力が積み重ねられてきており、感染しても軽症ですませられるという状態にもっていけると期待しています。

 

ウイルスが原因の病気は昔からありました。しかしウイルスは目に見えないので、病気の原因であると分かったのは、長い歴史から見るとごく最近のことです。ただ、病気が流行ると世の中が変わるということは昔から言われてきました。例えば、江戸の町などでは、流行り病のあと上下水道の整備が進むなど、公衆衛生のインフラが整い非常に清潔になりました。こうした感染症は、大流行するつど、人間社会に非常に大きな影響を与えてきました。

 

これからのウイルスと人間の関係とは?

——感染症の流行が落ち着いていくにつれて、ウイルスと人間が共生関係になっていくと言えそうですね。先生方の本には「共生」とともに「共進化」という言葉が登場しますが、今後のウイルスと人間の関係は、どのように捉えていくと良いでしょうか?

 

小安:例えば私たちの腸内にはたくさんの細菌がいて、腸内細菌がないと私たちは食べ物を消化できません。これはまさに、微生物と私たちが「共進化」してきた証だと思います。ウイルスに関してもきっとそうですよね、武村先生。

 

武村:そう思います。例えば、さきほどのミミウイルス(巨大ウイルス)を調べても、宿主からその遺伝子を徐々に受け取って、次第に複雑化している様子が見てとれます。ウイルスは生物と共にずっと存在し、生物に対して進化的に大きな影響をもたらしてきました。一方で、ウイルス自身も生物の影響を受けてきたのです。

 

新型コロナウイルスもそのような長い歴史の中に登場するウイルスの一つであって、今まさに、生物である私たちと共進化を成し遂げつつある、その局面を見ているのに過ぎないと考えると、「コロナ禍」と言われている今の状況を、違った心持ちで過ごせるのではないでしょうか。

 

小安:多様性を持つことは私たちにとっても、大切なことであり、例えば、私たちは髪の色や声、考え方がみんな違いますよね。これがもし全員同じだったら、人類は滅亡してしまう可能性があります。人によって、あるウイルスに対して抵抗力がある、ないが異なるので、感染症が流行るたびに抵抗力の強い人が生き残ったと考えられています。

 

私たち自身が多様性を持つこと。これが、人類が今後も生き延びていく上で非常に大切なことです。

 

——多様性こそが種としての強さにつながっているんですね。

さて、そろそろ皆さんからいただいた質問に移りたいと思います。まず東京在住の中学3年生からいただいた質問です。

 

Q&A:ウイルスは作れますか?

「一時期、新型コロナウイルスは人工的に作られたのではないかとニュースで話題になっていましたが、ウイルスを作ることは可能なのでしょうか?」

 

武村:ゲノムサイズの小さいウイルスを作ることは理論上は可能です。実際に作っている人はいるかもしれません。

 

小安:過去にスペイン風邪のインフルエンザウイルスを遺伝子配列をもとに復元させたケースがあって、当時、世間に発表していいのかと大論争になりました。最後には、むしろ隠す方が問題であるという結論に至って、論文として発表されています。ですので、ご質問にイエスかノーかで答えるなら、イエスですね。

小安博士と武村博士の画像

武村:ただ、新型コロナウイルスを作れるかとなると、インフルエンザウイルスよりゲノムサイズが大きいので、すんなりとはいかないでしょうね。

 

小安:そうですね。一時期、新型コロナウイルスは人工的に作られたものであるという噂が流れていましたが、そういうことはないだろうというのが、現在の専門家の間の意見ですね。

 

——それでもウイルスは作れる、というのは衝撃的ですね。では続いて次の質問です。

 

Q&A:無症状の人と、重症化してしまう人の差が出るのはなぜ?

「新型コロナウイルスに感染しても無症状の人と、重症化してしまう人がいます。個人によって差が出るのはなぜでしょうか?」

 

小安:私たちの体には免疫システムが備わっていて、何兆個というリンパ球(白血球の一種)が働いて外から体内に入ってきたウイルスと戦います。ただ、戦い過ぎても良くないのです。例えば、ウイルスと戦うための特定のホルモンが分泌されすぎると、かえって体調が悪くなったりします。このような状況が起こりやすい人は、重症化するリスクが高いということです。

 

最近、「免疫力を高める」とよく聞きますが、(免疫力が)高くなりすぎると、自分を攻撃することになってしまうので、適度なことが一番良いのです。

 

——人種によって重症化のしやすさに差が出ているようですが、研究で解明されていることはありますか?

 

小安:スペインとイタリアで、重症化した人とそうでない人の遺伝子を比較したところ、第3染色体に、重症化と強く関係していると考えられる遺伝子の断片が見つかりました。その後の解析により、実はこの遺伝子の断片がネアンデルタール人由来であることが分かりました。

 

ネアンデルタール人は約40万年前から2万数千年前、現在のヨーロッパ大陸を中心に存在していた旧人で、私たち人類と親戚のような関係であり、わずかながら、今の人類とも血縁関係が残っています。

 

ネアンデルタール人由来の遺伝子が多いのはヨーロッパと南アジアの人で、東アジアの人にはその痕跡はほとんどないと言われています。人のゲノムを解析することは、どのように人間がウイルスと共生してきたのか、そして、どのように共生していけるのかを考えるヒントになります。

 

また、他にも、特定の遺伝子を持つ人が、特定の感染症に強い抵抗性を持つ、という事例もこれまでに明らかにされています。私たちがウイルスと共生、共進化を繰り返してきた証と言えるかもしれません。

 

Q&A:何を求めて研究をしていますか?

「最前線で研究活動をされているお二人は、何を求めて研究をされていますか。また、その先にどんな展望をお持ちですか?」

 

小安:新しいことを知りたいという好奇心が一番ですね。「なぜだろう」と、問題を解きたいという気持ちでこの世界に入り、実際に研究をするときにも好奇心が原動力になっています。そして、その結果、例えば免疫学であれば、私たちの健康に研究成果が還元することにつながります。

小安博士の画像

 

武村:私も、何より好奇心が研究者を動かしていると思います。世界で誰一人知らないことを最初に知る楽しさが、研究者にとって一番のご褒美です。そのご褒美を得るために研究をしている、という面があるかもしれませんね。

武村博士の画像

 

——お二人が「誰よりも先に知りたい」と思うテーマは何でしょうか?

 

武村:人間を含め、細胞の中に核を持つ生物を真核生物といいますが、この真核生物と巨大ウイルスが、進化のパートナーとして共存してきたのではないかと考えられています。私はこの真核生物の誕生の謎に迫りたいですね。

 

小安:私は、解けるかどうかを度外視して言うなら、私たちが持つ免疫システム誕生の謎を解明したいですね。人間のような免疫システムは、生物の進化史を見ると、顎(あご)の発生以降にしか存在しないことが分かっています。例えば、昆虫は、私たちのような免疫システムは持っていませんが、別の方法でさまざまなウイルスやバクテリアと戦いながら、繁栄しています。ではなぜ、私たちは今のような免疫システムを持つことができたのか。そこにとても興味があります。

 

——ありがとうございました。これで質問コーナーを終わります。それでは最後に、原山理事、武村先生、小安先生からそれぞれまとめの言葉をいただきたいと思います。

 

科学の力をどう使いこなしていくか

原山:科学は、何かに白黒をつけるためにあるのではなく、いろいろな現象の「なぜ?」 に答えるためにあるのだと思います。今まで何百年もかけてそれを積み重ねて歴史ができていますが、それでも知れば知るほど、未知と遭遇するのが科学です。だから人間は、謙虚でなければいけない。

原山理事の画像

 

先ほど「ウイルスは作れるのか」という質問がありましたが、100年前に比べたら、できるようになったことがたくさんあります。技術もお金もある。でも、できるからと言って、実際にやっていいのかどうかは別の問題です。「やっていいこと、いけないこと」の議論はこれからますます重要になってくると思います。科学者だけでなく、いろいろな人が関わりながら議論をして、その時点でのコンセンサスを取っていくことが大切です。

 

科学の力はすごい。 あとはそれを、私たちがどう使いこなしていくか、が問われます。

 

現在のコロナ禍を受けて、対策をどうするか考えるだけでなく、科学を使う側の責任も含めて皆さんと一緒に、より良い方向に向かっていくことを考えていけたらと思います。

 

ウイルス目線で世界を眺めてみる

武村:ときどき、「ウイルスはなぜ存在するのか」という質問をいただくことがあります。これは、生物はなぜいるのかという質問とほぼ同じです。答えがないんです。

武村博士の画像

生物が主でウイルスが従だというわけでもありませんし、ひょっとしたらウイルスが主で生物が従かもしれない。私はよく本の中で「ウイルス目線」という話をしますが、もし地球上の主がウイルスだとしたら世界がどう見えるのかを、想像していただきたいなと思います。そういった視点を持ってみると、これまで見えてこなかったウイルスの姿が浮かんでくるのではないかなと。

 

そもそもウイルスには「毒」という意味がありますから、ネーミングからして「ウイルスは悪者だ」という人間の主観が入っています。そのようなところから、考え直してみることが必要だと思います。

 

ワクチンを通して、社会と科学を考える

小安:私が最後に申し上げたいのは、ワクチンについてです。1万人のうち100人が感染し、1人が亡くなる感染症が存在するとして、ワクチンを接種すれば発症を10人程度に抑えることができ、なおかつ死者をなくすことができる。ただ、10万人に1人、ワクチンの副作用が出てしまうかもしれない。このような場合にどうするか?日本人は他の国の人と比べて、副作用への心配からワクチンを受けない傾向にあると言われています。

小安博士の画像

 

統計学的に判断すれば、ワクチンを避けるということにならないのですが、自分が副作用の当事者になりたくないという思いから、葛藤が生じているのではないかと思います。このような問題を社会全体でしっかり考えていくことが、感染予防の意識と共に、私たちに求められることだと思っています。私ですか?私はワクチンを打ちます。

 

——ありがとうございました。「多様性」「共生」が今日のお話の大きなキーワードだったかと思います。今回の対談が人間とウイルスと関係を考え直すきっかけになれば幸いです。

 

【参考】ウイルスと免疫に関する書籍

最後に、ウイルスと免疫についてもっと知りたくなった人に、お薦めの本を紹介します。
 

◎武村政春博士の著作&推薦本

  • 『細胞とはなんだろう』武村政春(著) 講談社 2020
  • 『生物はウイルスが進化させたー巨大ウイルスが語る新たな生命像』武村政春(著) 講談社 2017
  • 『巨大ウイルスと第4のドメインー生命進化論のパラダイムシフト』武村政春(著) 講談社 2015
  • 『新しいウイルス入門』武村政春(著) 講談社 2015
  • 『ウイルスと地球生命』山内一也(著) 岩波書店 2012
  • 『ウイルスの意味論』山内一也(著) みすず書房 2018

◎小安重夫博士の著作&推薦本

  • 『免疫学最新イラストレイテッド』小安重夫(著) 羊土社 2009年
  • 『免疫学はやっぱりおもしろい』小安重夫(著) 羊土社 2008年
  • 『免疫学集中マスター』小安重夫(著) 羊土社 2005年
  • 『はたらく細胞(1)〜(5)』 清水茜(著) 講談社 2015 ※「科学道100冊2020」のキーブック

◎その他、「科学道100冊2020」のキーブックより

  • 『美しき免疫の力─人体の動的ネットワークを解き明かす』ダニエル・M・デイヴィス(著) 久保尚子(訳) NHK出版 2018
  • 『美しい電子顕微鏡写真と構造図で見る ウイルス図鑑 101』マリリン・J・ルーシンク(著) 布施晃(監修) 北川玲(訳) 創元社 2018
  • 『感染症の世界史』石弘之(著) KADOKAWA 2018