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中村泰信博士「研究者の人生や背景の物語に触れてほしい」

中村泰信(なかむら・やすのぶ)博士

量子コンピュータ研究センター センター長

 

1992年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。同年、日本電気株式会社(NEC)に入社。基礎研究所で研究を続ける中で、量子コンピュータの心臓部となる「超伝導量子ビット素子」の開発に世界で初めて成功した。2002年理化学研究所客員研究員。2011年博士(工学)取得。2012年東京大学先端科学技術センター教授、2014年理研創発物性科学研究センターチームリーダー兼任。2021年4月に開設された理研量子コンピュータ研究センターのセンター長に就任した。「科学道100冊2021」選書アドバイザー。

 

インタビューに答える中村泰信博士の画像

量子コンピューター開発のパイオニアである中村博士

量子力学に魅せられ、量子コンピュータの道へ

「もともとは、量子コンピュータの研究をしていたわけではありませんでした。企業の研究所で、省エネになる超伝導回路の開発を目指す中で、“量子の重ね合わせ”という現象が起こることを見つけました。その原理を確かめたい気持ちで研究を進める中で、量子コンピュータの話を聞いて、これが使えるかもしれない、と思いました」。

 

そう語るのは、量子コンピュータの心臓部、「超伝導量子ビット素子」を世界で初めて開発した中村泰信博士。量子コンピュータは、完成すれば従来のコンピュータを遥かに凌ぐ情報処理が可能になる、未来のコンピュータだ。

 

「これまでのコンピュータは0か1、この二つの数字の組合せで情報を処理します。コインで言えばオモテかウラかの世界。でも量子コンピュータは0と1両方を同時に動かせるのです。コインのオモテとウラが同時に出せるようなものです。不思議でしょう。この原理を生かして、従来のコンピュータにはできない計算や情報処理が可能になると考えられています」。

 

もともと、「分からないものをもっと知りたい、解明したい」という好奇心で小中高と科学に親しんできた中村博士。大学で量子力学に出会い、その不思議な原理に夢中になったという。

 

「量子力学は、リンゴの落下に重力の法則を感じるような、直感的にわかる理論ではありません。だからはじめは信じることにバリアがある。でも一度信じてしまえば、これほど美しい理論はないと感じました。世界観が一変します」。

巨大な冷凍機を背景にした中村泰信博士の画像

16量子ビットの量子コンピュータ用チップを内蔵した巨大な冷凍機を背景に。

 

未知へ向かう好奇心を、本が育ててくれた

「分からなさ」へ向かう好奇心は、小さい頃から読書で鍛えられてきた。近所に本屋が少なく、小学校の頃には町の移動図書館の車が近所の公園に来るのを楽しみにしていて、たくさん本を借りたそう。

 

「学校の図書室も大好きでした。小学校低学年の頃は『イシダイしまごろう』や『クワガタクワジ物語』といった、生き物の生態や一生を物語のように読める科学の本がお気に入り。『長くつ下のピッピ』のような海外文学も好きでした。中学年になると怪盗ルパンや江戸川乱歩シリーズにはまり、それこそ1日1冊ペースで読んでいたように思います」。

 

ジャンルを問わない幅広い読書スタイルは今も健在。科学に限らず、歴史や小説、漫画からライトノベルまで幅広いジャンルを、年間50〜100冊は読むという。

 

「自分の専門と違う分野からアイデアを得ることが多いので、手当たり次第に読みます(笑)。1冊読むとそこから派生して新たな興味が広がっていくので、そうしているうちに、“あ、こことここが繋がるんだ”と分かるのが面白いんです。だから学生の皆さんも、役に立つかどうかより、面白そうと思ったものをまず手にとってみるのがおすすめですよ」。

中村博士の「科学道100冊2021」推薦本

中村博士は、科学道100冊プロジェクトが始まった当初から注目し、本を選ぶ時の参考にしてきたそう。今回は選書アドバイザーとして5冊を推薦していただいた。

情報科学の最先端。「暗号」の世界

暗号解読(上)(下)

サイモン・シン(著)/青木薫(訳)

暗号解読(上)(下)

新潮社

2007

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「腕利きのサイエンスライター、サイモン・シンが描く暗号技術の歴史。暗号は一見地味な分野ですが、実は情報科学の最先端で、インターネットの安全も支えている重要なテクノロジーです。最後の章は、来たる量子コンピュータ時代の暗号について。自身の研究とも関わりが深く夢中で読みました」。

腸本ブームの火付け役に学ぶ

脳はバカ、腸はかしこい

藤田紘一郎(著)

脳はバカ、腸はかしこい

三笠書房

2019

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「私が子供の頃には花粉症で悩む人は周りにいませんでした。花粉症が増えてきたのはどうやら暮らしの変化と腸が関係しているらしい。そんな身近な話から興味を持って読みました。腸に関する本は最近ブームですが、藤田紘一郎さんはその先駆者と言える方です。脳にも勝る腸の大切な働きを、中高生でも読みやすく解説してくれています」。

脳の難問「意識」に迫る、研究者のワクワク感

意識はいつ生まれるのか

― 脳の謎に挑む統合情報理論

マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ(著)/ 花本知子(訳)

意識はいつ生まれるのか ― 脳の謎に挑む統合情報理論

亜紀書房

2015

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「脳科学の最先端で、意識のメカニズムに迫ろうとする研究者の迫力と興奮が伝わってきました。研究は一人ではできません。こうした自身の研究のワクワク感を周囲に伝え広めていくことは、研究者としてとても大切なことだと思います」。

文明を問い直す、名監督のメッセージ

風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット

宮崎 駿(著)

風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット

徳間書店

2003

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「私は1968年生まれなので、今よりは社会に残る戦争の記憶が身近だった世代です。ナウシカを読むと、宮崎駿さんの反戦の思いを強く感じます。人類と文明のあり方について考えさせられる名作だと思います。映画版よりもはるかに奥深いです」。

 

腸と土をつなぐ微生物の働き

土と内臓 ― 微生物がつくる世界

デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー(著)/ 片岡夏実(訳)

土と内臓 ― 微生物がつくる世界

築地書館

2016

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「土と内蔵。一見関係なさそうに思えますが、実は人間の「内側」の腸の中と、植物の「外側」の根の周りが非常に類似した環境にあるということが書かれています。環境やからだへの見方が変わる1冊です」。

研究者のストーリーやドラマに触れてほしい

暗号から内臓、ナウシカまで。幅広い読書を楽しむ中村博士にとって、「科学の読書」の面白さとは何なのか?

 

「読書って自分の人生と異なるものを垣間見ることができるでしょう。科学も人の営みで、人の生活とは切り離せない。だから、どういう人がどんな暮らしをしながら、どのように考えて出てきたアイデアなのか。研究者の人生や背景のストーリーに目を向けると、科学はとても面白いんですよ」。

 

研究でも、理論や原理の「まわり」にある人や環境を見ることが大切だという。

 

「研究って、何もないところからアイデアが出てくるということはありません。常にまわりの環境や、先行する誰かの考えを受け継ぐ中で新たなものが出てくる。人の思考と、時代背景は深く結びついているんです。だから歴史を振り返ると、同じような理論を思いつく人が、ある時期に一気に出てきたりします。読書を通じて、そういう科学のストーリーも知ってほしいですね」。