木村航(きむら・わたる)博士
理化学研究所
生命機能科学研究センター 心臓再生研究チーム
チームリーダー
2002年名古屋大学理学部生命理学科卒業。2007年東京都立大学大学院理学研究科生物科学専攻にて博士(理学)取得。同年、浜松医科大学医学部特任研究員。
2012年米国テキサス大学サウスウェスタン医学センター客員シニアフェロー。2015年筑波大学生命領域学際研究センター助教、兼テキサス大学サウスウェスタン医学センター客員助教。
2017年理化学研究所多細胞システム形成研究センターチームリーダー。2018年より現職。
科学者を志すきっかけの一冊
「母が高校で司書をやっていた影響もあったのでしょう。本が好きで、小学生のころから市立図書館に通っていました。ジャンルは問わず、好きな著者の本は棚の端から端まで読む。その読書スタイルは今も変わっていません」。
書評集を読むのも好きで、本を選ぶ参考にしていた。立花隆・利根川進の『精神と物質』を高校時代に読んだのも、書評がきっかけだった。「科学者として仕事をするとはどういうことか、生き生きと書かれていました。生き物が好きで、父が製薬会社で研究をしていたので、将来、科学者になることも頭の片隅にはありましたが、具体的なイメージは持っていませんでした。この本を読み、科学者という仕事もいいかな、とはっきり思うようになりました」。
大学院時代に勇気づけられた一冊の日記
分子生物学を学ぼうと決めて名古屋大学に進学。「大学で勉強して分かったのですが、分子生物学は方法論であり、それで何を解き明かすかが重要です。利根川先生は、分子生物学で免疫や脳の解明を目指しました。私は、受精卵から始まりダイナミックに形を変えながら体がつくられていく発生の過程を分子の言葉で説明したいと思いました」。
そして東京都立大学大学院へ。「研究は面白い。しかし、大学院生として研究をするのと、研究を仕事にすることの間には、大きなギャップがあると感じていました。しかも、研究はうまくいかないことばかり。自分は科学者としてやっていけるのだろうかと悩んでいました」。
そのころ、朝永振一郎の『量子力学と私』を読んだ。「ドイツに留学していたときの『滞独日記』(『量子力学と私』内に収録の一篇)には、計算はうまくいかない、何が何だか分からなくなった、苦しい、といった言葉が並んでいます。ノーベル賞を受賞する人でさえ苦悩しているんだ、と勇気づけられました」。
もう一つの日記で外国での研究を知る
大学院時代に読んでいた留学日記がもう一つある。「東京大学薬学部教授の池谷裕二さんが米国コロンビア大学で研究をしていたときに書いていたウェブ日記です。今日はどういう実験をした、論文を何本読んだ、メトロポリタン美術館に行った、高校で講義をした、と日々の出来事が書かれていました。外国で研究するとはどういうことかをリアルに知ることができて、参考になりました」。
高校での講義をまとめた『進化しすぎた脳』も読んだ。「脳科学にも興味がありました。その少し前に読んだV・S・ラマチャンドランらの『脳のなかの幽霊』がとても面白かったのです。『精神と物質』より先にこの本に出会っていたら、脳科学の道に進んでいたかもしれません」。
心臓再生研究のため渡米、チーム立ち上げへ
浜松医科大学でのポスドクを経て、心臓再生の研究をするために2012年から米国テキサス大学へ。「哺乳類の成体の心臓は再生できませんが、誕生直後は再生する能力を持っています。留学先では、心臓の心筋細胞が酸素を代謝して大きなエネルギーをつくるようになることと引き換えに再生能を失うことを明らかにすることができました」。
帰国後2017年に理研で研究チームを立ち上げ、酸素の代謝を下げることによる成体での心臓再生を目指している。「『精神と物質』には、遺伝学に物理学が加わったことで分子生物学が生まれた、とありました。物理学は普遍的な法則を見つけることを目的とした学問です。分子生物学でも、より一般的な原理を見つけることが重要でしょう。私は、心臓再生を入り口として、老化などさまざまな生命現象、さらには生物進化までを説明できる、酸素代謝の制御メカニズムを明らかにしたいと考えています」。
科学者という仕事の魅力とは
新幹線や飛行機に乗るときには、本を1冊持っていく。「先日の出張で『精神と物質』を読み直してみました。利根川先生がノーベル賞の受賞対象となった研究をしたのは、今の私と同じくらいの年齢のときです。研究の進め方など、とても参考になりました。この本は、やっぱり素晴らしい」。
本をもっと読みたいが、時間がない。「運動不足解消のために山歩きをしているので、そのときにオーディオブックで聴いています。英語の勉強も兼ねて洋書が多いですね」。
最近は、ヒトゲノム解読の先駆者であるクレイグ・ヴェンターやネアンデルタール人のゲノムを解読したスヴァンテ・ペーボの伝記を聴いた。「問題設定から発見や成功までの道は面白く、わくわくしますね。それこそが科学者という仕事の魅力なのでしょう」。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、撮影:奥野竹男)