赤石れい(あかいし・れい)博士
脳神経科学研究センター(CBS)
社会価値意思決定連携ユニット ユニットリーダー
高校時代に発達障害に関心を持ったことから、ミネソタ大学で心理学を学ぶ。東京大学大学院では神経科学を専攻、2011年Ph.D.。その後、オックスフォード大学やロチェスター大学での博士研究員を経て、2019年4月に理化学研究所に入所。脳の意思決定の研究から、社会における人間のウェルビーイングの研究及びその促進を目指している。
「科学道100冊2021」の選書アドバイザー(担当テーマ:脳とココロ)。
脳研究を軸に多分野の視点を組み合わせて、個人や集団の意思決定(Decision Science)について研究する赤石博士。分野を超えて自身の研究を切り開いてきた。
デイケア施設で生まれた人間への関心
「幼い頃から読書が好きでした。小学生の頃から、図書館に行ってはひと棚丸ごと読みあさっていましたね」と語る赤石れい博士。さまざまな本を通して宇宙や生きものの不思議と出会い、推理小説のシャーロック・ホームズや江戸川乱歩シリーズでは、真実を突き止める楽しさを味わった。
中学で理科を学ぶにつれ「生物についても非生物についても、規則性を持って理解しないと気がすまない」科学少年に成長。高校生になり、大学では物理を学ぼうと考えていたときに、進路を左右する重要な体験をした。
「知り合いに、発達障害を持つ子どもたちのデイケア施設を管理する方がいました。その方に“手伝わないか?”と声をかけられ、アルバイトを始めました。関わってみて、一口に発達障害と言っても、本当にいろいろなケースがあるのだと衝撃を受けました」。
この経験を通じて、自閉症やダウン症、脳性麻痺など、身体・精神面の障がいを抱える子どもたちと出会い、原因が分からない障がいの数々に触れた。そして、興味は物理から人間自身に起こっていることへと、一気に引き寄せられた。
大学では米国に渡り、ミネソタ大学で発達科学や心理学を専攻した。卒業論文のテーマは前頭葉と自閉症の関係性だ。「当時は機能的磁気共鳴画像法(fMRI)※などの脳のイメージング技術などが盛んになってきた頃で、脳研究はムーブメントになっていました。心理学だけではわからない部分を追求するため、大学院では脳科学研究に進みました」。
※ 機能的磁気共鳴画像法(fMRI):磁気共鳴画像法を利用して、ヒトおよび動物の脳の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つ。
磁気共鳴画像(MRI)装置を背景に。
意思決定のメカニズムの解明を目指す
現在は脳研究を軸に生理学、計算理論、行動経済学などの視点も幅広く取り入れて、個人や集団の意思決定について探究している。
「日本ではまだあまり馴染みがないですが、欧米ではDecision Science(意思決定科学)と言って、個人の意思決定の研究は広く行われています。私は個人に限らず、集団がいかに意思決定を行なっているかのメカニズムを明らかにしようとしています」。
最近では新型コロナウイルスの対応に関する行政の意思決定のプロセスの調査も行った。「これからの時代、感染症や気候変動など、想像を超える大きな脅威が訪れる可能性があります。そんなときに社会がより良い意思決定をできるよう、その一助となるツールの作成にも力を注いでいます。そのためには脳科学の範囲を越え、人間を人間たらしめている文化や社会構造も含め、大きな意思決定の仕組みを科学で解明していく必要があります」。
赤石博士の「科学道100冊2021」推薦本
赤石博士に「科学道100冊2021」の選書アドバイザーとして本を推薦いただいた際、数多くの本にコメントがついており、その多読家ぶりに舌を巻いた。その中から特におすすめの5冊を紹介しよう。
寂しさはどこからやってくる?
「コロナ禍の今、“孤独”は最も注目の集まるテーマです。著者のジョン・カシオポは心理学と脳科学の研究者。心理学と脳科学は基本的に個人個人の内面を扱う学問ですが、この本でカシオポは長年にわたる研究経験から“社会的つながりの重要性”を指摘していました。一つの学問分野の枠組みにとらわれない提言に感銘を受けました」。
人間はいかに選択しているのか?
「人間がついしてしまう非合理な行動を研究してきた行動経済学。欧米では近年、政策決定にも取り入れられています。この本で著者のリチャード・セイラーは“Nudge”(ナッジ:強制や報酬に頼らず、人を賢い選択へ導くちょっとした工夫)という言葉を世に送り出し、のちにノーベル経済学賞を受賞しました。私が研究している意思決定の脳科学にも関連する、興味深い分野です」。
行動経済学がマンガで分かる
「この本も行動経済学の書籍です。人間の行動の“矛盾”や“非合理”がなぜ起きるのかを、どんな専門書よりも正確に、かつ身近にありそうなエピソードを用いて描いています。上記の『実践 行動経済学』と合わせて読むと理解が深まります」。
難しい問題にアプローチする姿勢を学ぶ
「研究では実験結果をどう検証するのか、その枠組みづくりが非常に重要です。この本がすごいのは、“人間の意識という捉えどころのないものを、科学がどう扱うのか?”という枠組みを最初に提唱したところです。意識の解明という難題に著者のジュリオ・トノーニがどうアプローチしたのか、発想の仕方や試行錯誤のプロセスに注目して楽しんでもらいたいです」。
スマホは危険?広い視野で付き合おう
「スマホやデジタル技術が脳に与える影響は社会的に非常に関心の高いテーマですが、その影響がポジティブかネガティブかは科学的に決着がついていません。実は読書もかつては“危険な行為”と恐れられていた時代がありました。この本ではスマホのネガディブな部分を取り上げていますが、今の子どもたちにとってすでに環境の一部。現時点での評価を絶対とせず、広い視野を持ちながら一つの視点として読むと良いと思います」。
一つの学問の枠に閉じていては間に合わない
赤石博士の推薦本から分かるのは、脳研究といえども脳の中を覗くだけでなく、他の学問の視点から捉えたり、社会環境の変化なども織り交ぜながら幅広く研究していく大切さだ。
「今は、複数の分野が現実の問題とどう絡んでいるのかを考えざるを得ない時代に入っています。なるべく多様な視点から問題を見ることが必要です。例えば、人間を捉えるには、生物としての進化と、社会を構成する文化と、両面から見なくてはなりません。行動経済学が明らかにするように、私たちは個人や個体の合理性だけでなく、人と人とのつながりや個人が属する社会の文脈の中で行動を選択することも多いのです。それは、個体の生物としての人間だけを見ていては捉えられない部分です。刻々と変化する時代や文化の中で人々がどう振る舞うのか、その時、脳や心はどう動いているのか。そこを知るには、一つの学問の枠に閉じていては間に合いません」。
最後に若い世代へのアドバイスを聞くと、少し意外な答えが返ってきた。
「私から学生の皆さんにアドバイスできるようなことは特にないと思っています。というのは、今お話ししたような複合的な意識を持っているのはむしろ高校生くらいの若い世代で、私たちの世代こそ、例えば地球温暖化などについての彼らの危機感にもっと学ばなければならないといけないと感じているからです。これからの問題を解決するためには複数領域を学んで、つなげることが必要です。読書に関しても、ジャンルにとらわれず、さまざまな本に幅広く触れてみてほしいと思います」。