「まったく別の知識と知識をつなげるという活動を実はあまりしていなかったんですよね」。
富士見中学高等学校の三浦佳奈先生は、「科学道100冊」の探究型読書に取り組んでそのことに気付いたと話します。偶然の本との出会いから自分が作った枠をいかに越えるか。新しい探究的な学習がこの学校で始まっています。
Case2
■山崎学園 富士見中学高等学校
1940年学校法人山崎学園設立の私立学校。建学の精神は「純真・勤勉・着実」。教育目標に「社会に貢献できる自立した女性の育成」を掲げ、「自分と向き合う力」「人と向き合う力」「課題と向き合う力」から細分化された17の力をさまざまな場面で生徒が意識できる教育活動を実践。
■授業の概要:
対象:高校2年生
クラス:全クラスで実施(「ロングホームルーム」の時間を活用)
実施日:2019年10月2日~11月27日(全7コマ)
■お話をうかがいました
- ・三浦佳奈先生…社会科教諭。探究プログラムを考案する教育研究部の主任。(写真左)
- ・宗 愛子先生…司書教諭。教育研究部の一員も務める。(写真右)
図書館の中を巡りながら自分だけの3冊を作る
富士見中学高等学校では、「科学道100冊」の探究型読書に取り組む生徒さんたちの様子を見せていただきました。場所は「Learning Hub(ラーニング・ハブ)」と呼ばれる図書館で、高校2年生1クラス40人が授業を受けています。
この日はプログラムの5回目。「プレ3冊棚」のワークです。これまで授業で使った本や具体化してきた自分の関心に関係しそうな新たな本を探して3冊の本棚を作っていきます。狙いは、いろいろな関係づけを試しながらコンテキストをいくつも練り、創造する力を身に付けていくことです。
指導するのは、クラス担任。生徒たちをときどき笑わせながら、しっかりと授業をリードし、タイミング良く生徒たちに助言をしていました。
まずは先生が手本を披露。中心とする本が同じでも、新しく追加する2冊の組み合わせによってテーマが変わっていくことを、スライドを使ってデモンストレーションします。「面白い!」という表情を見せる生徒もいれば、「難しい!」という表情の生徒もみられますが、これまでのワークシートを見返して、まずはコンセプトを抽出。
いざ本を探しに! 「いいんじゃないかと思う本があったら、手に取って開いて、目次を見て」と先生が声を掛けていきます。図書館の本棚をすべて見るようにという指導もしていました。生徒は目次からキーワードを探し、本に狙いをつけます。自然とクラスメートが助けあう場面が、何度も見られました。
生徒たちは、本棚を見ながら「関連がありそうな本」を探します。初めて体験する本の探し方に、手と足と頭が連動しているのでしょうか、少し歩いては足を止め、気になった本に手をかけていました。
生徒たちが図書館の中を巡っていきます。自然科学関連の棚の前に多くの生徒がいましたが、社会科学や哲学、文学の棚の前にも生徒たちの姿がありました。
生徒が、棚に並ぶ本の背表紙に視線を走らせると、先生は「いろいろな3冊の組み合わせがあるはずだよ。共通するキーワードを探して、どうつながるかを考えて」と助言します。
その言葉に戸惑いながらも本を抱えると、机の上は見つけ出した本と広げたワークシートでいっぱいに。
言語に関わる本、サッカーをテーマにした本、脳に関わる本、美女の本、子育ての本……。
目次を熱心に見ては中身をパラパラと見てキーワードを探し、他の本とのつながりを見つけ出そうとする生徒。うまくいかなければ、もう一度本を探しに行きます。
残り5分となったところでワークを終え、グループ内での発表です。「これでいいのかな」という表情を見せつつ、自分が選んだ3つのオリジナリティーを懸命にクラスメートに伝えようとしていました。
「フォーク」と「キリン」の不思議から建築の世界へ(生徒の声)
生徒の一人にお話を聞かせていただきました。
生徒:私が選んだのは『フォークの歯はなぜ四本になったか』、『キリンの首はなぜ長いのか』、『けんちく体操』の3冊です。最初に選んだのは「科学道100冊」に入っていた『フォークの歯はなぜ四本になったか』です。この本を使ってワークをして、「当たり前と思っているものには、よく考えれば当たり前ではないことがある」と思いました。キリンの本を選んだのは、私が単にキリンが好きだったからですが、考えてみればキリンの首が長いのも、当たり前と思っていたけれど当たり前のことではない。そこがこの2冊に共通すると思いました。
それで3冊目にふさわしい本がないかと思って、図書館を巡りながらいろいろと組み合わせたのですが、うまく見つけられませんでした。よく分からなくなってきて、席に戻って改めて2冊を見たら、この2冊には「構造」というものがあると気付いたんです。それで建築に関わる本が良いのではないかと思い、3冊目を『けんちく体操』にしました。ただ、この3冊目はあまり納得できていないので、次の授業で別の本を探したいと思っています。
これまでの探究的な学習には課題があった
― 先生にお尋ねします。このプログラムを実践してみて、これまでに取り組んで来た探究学習にはないものがありましたか?
三浦先生:私が「プレ3冊棚」のワークをしたとき、ある生徒が印象的なことを言ったんです。「つなげるという作業が難しくもあり楽しくもあり……」って。そのとき、気付かされたんです。普段の授業では、「つなげる」ということをあまりやっていなかったんだと。連想を広げることはやっていますが、あれは自分の考えを広げることに重点を置いています。だから、どこか生徒が想定できる範囲内にとどまってしまうというか、自分の関心の範囲にとどまってしまうところがある。一見するだけでは関係ないように思える「あるもの」と「あるもの」を何かでつなげようという活動は、やっているようで、実はしていなかったんですよね。
宗先生:そうなんですよね。この「科学道100冊」の探究型読書にはそんな「つなげる」という活動があって、だから実際にやってみると、生徒たちの多くは苦戦し、中には固まってしまう生徒もいます。
三浦先生:テーマを具体化できていても、新たに何かと結びつけて自分の視点を作るというのが難しいようですね。例えば、今の高校2年生は1年生のときにSDGsをテーマにした探究活動に取り組んでいたので、2年生に上がって5月に修学旅行で沖縄に行ったあと、その経験とSDGsをつないで自分なりに問いを立ててレポートにまとめようという課題を出したんです。でも、あまり問いに深まりがなかった。まとめやすそうなテーマを設定して、それっぽく書いている。人の心を揺さぶるような何かがないものがありました。
三浦佳奈先生
どこかに「正解的なもの」を探してしまう生徒
三浦先生:今回の探究型読書のワークをやっていても、生徒の中には、すぐに「どうつなげればいいんですか」と聞いてくる生徒が少なからずいるんですよね。「それを考えることがこの授業の目的だから」と言っても、またすぐに「この2冊はつながっていますか」と聞いてきてしまう。
宗先生:確かに、このワークに取り組む生徒たちを見ていると、どこか自信がない感じを受けますね。自分で考えてせっかく3冊を選んだのだから、そのまま自信を持って堂々と出せばいいのに、控えめに「これを選びました……」といった感じです。私から見ると「面白いのに」と思うのですが、これは何なのでしょうね。
三浦先生:どこかに正解があると思って探っているのだと思います。みんなそれぞれの考えで組み合わせていくわけだから、選ぶ3冊は何でもいいんです。でも「何が正しいのか」と考えてしまうところが根底にあって、それにすごく引きずられている。「一つの答え」を求める生徒の姿勢をいかに転換していくかです。
宗先生:私もそこが大事だと思います。ただ、少なくとも、この探究型読書を通して生徒は本との付き合い方を知ったと思います。本というものは、読むだけでなく、いろいろと見てみるものでもあるんだって。
宗 愛子先生
三浦先生:そうですね。本をたくさん見て、世の中にはいろいろな考えやテーマがあることに生徒たちは気付いたと思います。今の高校生にしてみたら、とても大きな気付きだと思います。
生徒たちが図書館に来ていろいろな棚を見るようになった
― 本を読み込まず、手に取るだけというこの探究型読書のプログラムの特徴についてはどう思いますか?
宗先生:それは「あり」です。むしろ、それをやってほしかった。このプログラムに取り組んでいる生徒が、最近よく図書館に来るようになったんですよ。それも、いろいろな棚を見ようとしている。私は、この探究型読書の影響が確実にあったと思っています。
三浦先生:私も、本に関心を持つようになった生徒が増えたと思います。世の中にはいろいろな本があって、さまざまなテーマで物事を深く考えている人がいることが見えてきたのではないかと思います。彼女たちが大学生や社会人になったとき、自分で思考を広げて何かを考えなくてはいけなくなるときがきっときます。そのときに、「そういえば高校のときに本を使った活動をやったな」と思い出すものが、今回の探究型読書にはあるように思います。
宗先生:今の若い世代は「本はパソコンで検索して探すもの」という意識がとても強いんです。でも今回、生徒たちの様子を見ていて、自分の関心や目的に関係のない棚を見るというのは、実はスキルなんだと思いました。このスキルがないと、自分の関心を越えるきっかけが得られないんです。
本との偶然の出会いから創造的な探究が始まる
宗先生:本はコンピューターが薦めるから読むのではなくて、自分で探して見つけるのが大事なところです。そこから自分だけの視点が持てるし、テーマを深めることもできる。生徒たちは、今回の探究型読書を通して、いろいろな棚を見て回って本を手に取って開いています。未知の本を見つける大事なスキルを身に付ける最初のステップを踏めたと思いますね。
三浦先生:今回、「科学道100冊」の本から入ったのも良かったと思います。生徒の知らない世界から考えることから始まり、そこをさらに広げて、何か別のものとつなげようというワークに入っていく。やっぱり、このような学習活動はほとんどやったことがないですね。自分の視点を持つきっかけになるような、「あれっ?」と思えるワークがあったらいいなと、以前から思っていたので、この「科学道100冊」の探究型読書は期待できると思っています。
宗先生:このワークに取り組む生徒たちを見ていて、独自の視点を獲得していくところが面白いと思いました。創造性のようなものが育まれていくんですよね。固まってしまう生徒もいるけれど、ヒントを求めてきたら、私の場合は、「こういう考え方もあるんじゃない」と言いいながら新しい物事の見方を伝える。ただ、「これは私が思ったことだから、あなたはどう思うかは別だよ」って付け加えますけどね。そういう教え方もあると思うし、私のような図書館にいる者が大事な役割を担えるような気もします。
文系志望の生徒にこそ「科学道100冊」
― 高校2年生になれば、大学進学で文系・理系の志望を決めていることも多いと思います。文系志望の生徒は「科学道100冊」についてどのような反応を見せていましたか?
三浦先生:文系志望の生徒でも大丈夫だと思いました。ワークをやっているときに気付いたのですが、文系志望の生徒は手に取る本のジャンルの幅があまり広くないのです。
宗先生:でも「科学道100冊」のラインナップを見ても科学の専門書ばかりではないですよね。社会のことを科学的に見た本があったりなど、文系志望の生徒でも面白く読める本がリストアップされています。理系の生徒も、そこから社会の方に目を向けることもできる。科学ではなく「科学道」の本なんですよね。その本たちを、キットを使ってポップなビジュアルで見せると、普段は文学の本しか手に取らない生徒も関心を示します。「こんな世界があったのね」という感じ。
卒業後の進路を考える土台作りにつなげる
三浦先生:今回、高校2年生が取り組みましたが、3年生になれば大学受験が待っています。最近は推薦やAO入試で進学するケースも増えているのですが、昨今のこのタイプの入試はかなり深いものが要求されるようになっていて、入学後に何をやりたいのか、大学を卒業したらどう社会に貢献したいのかと、かなり具体的な展望を用意しなくてはならないんです。
宗先生:生徒の中には、受験書類の提出日間際にあわてて本を借りに来たりするんです。私としては、普段から図書館に来て、いつか自分にとっての「大事な1冊」に出会ってほしいと思っています。そこから自分の進路が見え始めることがある。そのためには、多くの本を見る必要があります。多く見ないと出会えない「大事な1冊」。生徒たちには、今回の探究活動の経験を生かしてほしいと思っています。
三浦先生:受験するにあたって、生徒はしっかりと自分の考えをまとめなくてはならないのですが、今回の活動はその土台を築くのに役立つのではないかと期待しています。また、そういうふうに持っていきたいなとも思っています。
探究型読書の経験が、生徒の今を未来に進めるエンジンにもなり、成長した生徒が振り返ったときのバネにもなる。探究的な学習が、生徒の可能性を大きく広げていくようです。
三浦先生、宗先生、ありがとうございました。
科学道100冊プロジェクトでは、学校(中学・高校)と連携し、「科学道100冊」を活用した探究型読書プログラムを展開しています。考える力を育てる「探究型読書」の詳細については下記のリンクからご覧ください。
▼「科学道100冊」を活用した、探究型読書プログラムを展開中!